第3話『狼の少年と気になる人』

「おはよう、玉木さん」


 返ってきた朝の挨拶に満足気に頷く玉木さん。

 まさか初日の、それも朝一番で会えるとは思っていなかったので当然会話を続ける為の話題なんて用意していない。

 しかし、幸運にも彼女の方から話しかけてきてくれた。


「大上君っていつもこんなに朝は早いの?」


「いや、いつもはもう少し遅いけど、今日はクラス替えだったり新学期の始まりだったりで早く目が覚めたんだ。そういう玉木さんも朝はこの時間だったり?」


「違うよ。私ももう少し後かな。やっぱりクラス発表って気になっちゃってさ」


 と、頬をかいて微笑む玉木さん。

 きっとここで『実は玉木さんと同じクラスになれたか気になっちゃって』と言える度胸があったらとっくに告白しているだろう。

 いや、例え度胸があっても告白には至らないかもしれないが。


「うん……実は俺も少し気になっちゃって」


 なんだかんだで結局玉木さんと同じ理由に逃げた自分が恥ずかしくて俯くと、彼女の足元には一匹の猫がいた。

 そういえば、先ほど見惚れていた時に玉木さんは猫と戯れていたことを思い出す。


「猫、学校に入って来ちゃったのか?」


「それがね、この猫私に付いて来ちゃったんだよ。それでどうしようかって少し困ってたの」


「玉木さんは、猫好きなの?」


「うん、好きだよ。大上君は猫好き?」


「どうかな……俺ってあんまり猫に好かれないみたいで、実は触ったことがないんだ」


「そうなの⁉︎ ちょっと珍しいね……。でも、この子ならもしかしたら大丈夫かも。人に慣れてるから大上君も触れるかも」


「そうなの……?玉木さんが言うなら、触ってみようかな」


 すると、玉木さんはしゃがんで足元にいた黒猫を抱っこして俺に触りやすいように向けてくれた。


「…………!」


 何度も言うが俺、大上大雅は狼である。より正確に言えば、いわゆる『狼少年』という存在になるだろう。

 それが理由かどうかは置いておいて、何故か俺はネコ科の動物には好かれない傾向がある。

 そっと、傷つけない様に優しく触れようと手を伸ばすが、


「ニャアァァァ‼︎‼︎」


 すぐさまその場から全力疾走で猫は校門の方へと走り去って行った。


「…………」


「うそ……っ⁉︎」


 やっぱり、と思う俺の横で驚きの声をあげる玉木さん。


「珍しいかも…………あの猫は……まあ、そういう日もあるのかな?」


「………………、」


 果たしてそれは偶然か。

 もしかしたらあの黒猫は、俺の中の『狼の血』に気がついたから怯えて逃げ出したのではないか。

 動物の本能が『こいつから逃げなければ』と危険信号を送ったからじゃないのか。

 亜人。

 本来なら、ここにいてはならない者。

 人の姿をしながら、人と狼の血を持つ、亜人とでも呼べる存在。

 きっと亜人達おれたちは、この世界では受け入れられない。受け入れてはもらえない。

 もちろん、俺の母さんのように例外はある。人間でありながら狼の血を持つ父と結婚したのだから。そんな物好きだって世の中にはいるだろう。

 けれど、その例外に自分の好きな相手が当てはまるなどと都合のいい展開は流石にないだろう。

 恋愛の神様だってきっとそんな都合のいい展開なんて作ってはくれない。


 だから、きっとこの気持ちが成就することはない。


 例えどれだけ進展しようという気持ちがあっても、大上大雅が思う恋愛は普通の、一般的な恋愛とは異なるだろうから。

 ただでさえ自分の中に流れているのは『狼の血』。

 一緒にいることなど決して許されない。

 だから、想うことだけが亜人の自分に許された選択のはずだから。

 こうして話せるだけで構わない。


「大上君…………?」


「な……何でもない‼︎」


 どうかしたの、と首を傾げる玉木さんに必死に笑顔を取り繕う。


 せっかく二人きりでいられるのだから、もっと楽しい話をするべきだと気持ちを切り替えていく。

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