第2話『狼少年の春の朝②』

 心地いい春風に吹かれながらいつもの通学路を歩く。

 家を出てから十分ほど歩くと十字路に出る。いつもならここで親友と待ち合わせをして行くのだが、今日は俺の都合で先に行かせてもらう。

 そもそも、どうして俺がこんなに早く学校に行くのに拘るのはちゃんと理由がある。

 おそらく、人に話したら笑われるだろう子供っぽい理由が存在する。

 それは高校生活最後のクラス替え。

 どのクラスで、誰と同じクラスなのか気になって仕方ない。小学生じゃないんだからと思うかもしれないが、俺にとっては大事な事なのだ。問題は『どのクラス』かより『誰と同じクラス』かだ。

 もっと簡潔に言うならば、『自分の好きな人と同じクラスなのか気になって仕方ない』が正しい解答になる。

 約二年の片想い歴中の俺の恋が少しでも進展する為にはやはり同じクラスになるしかないと思っているからだ。

 やはりまだ少し早い時間帯だからか、通学路に同じ高校の制服を着た人は歩いていない。

 いつもなら少し騒がしい道も、今はまるで世界に自分だけの様な静寂があった。

 まるで別世界。

 いつもより数十分ほど早いだけで、ここまで普段の景色が違って見えるなど知らなかった。

 そんな新しい発見をしながらも歩いていくと、ようやく校門が見えてきた。

 校門を入るとすぐに左右にある桜の木が出迎える。決して満開とは言えない桜の木が校門から校舎までの道をトンネルの様に伸びている。

 この景色が結構お気に入りだったりする。

 特に教室から眺める景色は格別だ。


(それにしても、)


 桜の木から視線を逸らして、校舎の方を見ると五、六人がクラス替えの張り紙を眺めているのがここから見える。


(…………やっぱ早かったかな)


 やはりいつもの待ち合わせ場所で親友を待ってから来れば良かったかと考えていた。

 そんな時だった。


「こーら、ここは学校だから君は自分の家に帰りなさい」


 まるで母親が子供に言い聞かしている様な、そんな声が背後から聞こえた。

 それも、聞き覚えのある女の子の声で。

 振り返ると、そこには一人の女の子。

 風で揺れる肩まである黒髪。

  心地良い春風が吹く朝の校門で、俺の視線はその少女に釘付けとなった。

  そして、こちらの存在に気がついた彼女は微笑んで朝の挨拶を口にした。



「おはよう──大上君」



  ──この桜のトンネルの中で、彼女は見惚れてしたうほど美しく見えた。

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