第一章 第二の人生は生きたいように生きる 1
アメジシスト王国の辺境にある領地、ディアロ領は王家が管理する領地だった。
数十年前までは、ディアロ辺境伯が代々治めていたが、後継ぎが生まれないまま、当時の辺境伯が急死したのだ。
更に、辺境伯は兄弟もなく後継者がいない状態だったのだ。
そのため、王家の属領となっていたのだ。
現在は、数年前から新しい領主がディアロ辺境伯となり、領地を治めていた。
ディアロ領の領主の屋敷には、広大な土地に広々とした庭園が広がっていた。
庭園は代々、住み込みの庭師の家族が管理をしていた。
そのため、敷地内に庭師の家族が住めるようにと小さな家がひっそりと建っていた。
現在の庭師はソル一家が務めていた。
ソル家は、庭師の父と母。双子の兄妹の四人家族だった。
家族仲はとても良く、というか双子の兄妹。特に兄が妹を猫っ可愛がりするくらいに溺愛していた。
双子の兄は、シエテといい、妹はシーナといった。
シーナは、栗色の柔らかそうな髪をいつも緩めの三編みに結っていた。零れそうなほどに大きな瞳は、朝露に濡れたような青い瞳をしていた。
シエテはいつもその瞳を見つめて、「可愛い!!可愛すぎるよ!!俺の天使たん!!」と、頭の悪そうな発言をしていたが、家族はもうそれに慣れてしまって、いつもそれを軽く流していた。
年齢の割に身長が小さいことが悩みだったが、母親も小柄なことからあまり身長は伸びないだろうといったことが悩みだったりする。
対して、双子の兄のシエテは、シーナと同じ栗色の髪をしていたが、柔らかさはなく少し硬めの髪は、短く切られていた。切れ長の瞳は、榛色をしていた。
父親に似て、体が大きくシーナと比べると双子には見えないくらいに体格差があった。
ごく普通の一家に生まれたシーナだったが、一つだけ変わったことがあった。
それは、不思議な体験を毎夜していたことだ。
幼い頃から毎夜、一人の女性の人生を絵物語を見るように繰り返し夢に見ていたのだ。
そして、いつしかそれは自分の前世なのではと思うようになっていた。
前世の自分は、大切に思っていた妹に最悪な形で裏切られてその世界に別れを告げたのだ。
それを知った幼いシーナは、兄や両親に愛されている現在がとても幸せなことだと日々感謝をして生きるようになった。
そして、12歳になった日、今まで見たことのない場面を見てから繰り返し見ていた前世の夢を見ることはなくなった。
それは、前世の自分と思われるイシュミールが精霊の力で次の生へと転生するという場面だった。
更に、その転生の場には、イシュミールを守って死んだカーシュの姿もあったのだ。
真っ白な空間に漂うイシュミールとカーシュに精霊は、優しく穏やかな声音でいったのだ。
「君の幸せを私達は祈っていたよ。でも、君を守れなかった。本当にごめんなさい。でも、次は絶対に幸せになれるから。どうか諦めないで。ねぇ、君はどうしたい?どうなりたい?」
精霊は、包み込むような優しさを感じさせるような声音で、イシュミールの意思を確認したのだ。
イシュミールは、何も考えられずにただ、そう、軽い気持ちで思ったことを口に出したのだ。
「自由に。自由に生きてみたいです」
口に出した瞬間、それが本当に自分の望むことだったと確信したイシュミールは、自由に生きる自分を想像して、ワクワクした気持ちになった。そして、こんなにワクワクした気持ちになったのはいつぶりだろうと、首を傾げたが、もう過去は振り返らないと意思を固めた。
すると、精霊は一瞬悲しげな空気を放ったがすぐに切り替えて楽しそうな声で言った。
「そうか、自由に生きたいか……。分かったよ。君の幸せな未来を私達は心から祈っているよ。次こそ、幸せにおなり」
そして、精霊の言葉を聞いたイシュミールは強い光に包まれたのだ。
そこで、この不思議な夢は終わった。
そう、この夢を見てからは、あれほど繰り返し見ていた夢を見ることはなくなったのだ。
シーナは、この不思議な前世の夢を絵物語の様だと思い、自分であって、自分ではないお嬢様と切り離して考えていたのだ。
前世の自分はお貴族様のようだったけど、今は平民。それに、姿形も性格も全く違うのだからと。
ただ、前世の自分が望んだ自由に生きたいという気持ちには同意した。だからではないが、シーナはできるだけ心の赴くままに生きようと決めたのだ。
しかし、自由に生きるには色々と問題があった。
母の手伝いで家事はできるが、それだけだった。
シーナは自由に生きるには力が必要だと考えたのだ。
力を手に入れるにはどうしたらいいのか考えたときに、それまでは常にいい子でいようとしていたシーナは、初めて何時も甘やかす兄にお願いをしたのだ。
双子の兄のシエテは不思議なことに、誰も教えていないのにも関わらず、いつの間にか剣や弓、槍や魔法といった戦うすべを身に着けていたのだ。
だから兄に、自分の身を守れるような術を教えてほしいとお願いしたのだ。
「にーに。お願いがあるの。いい?」
普段は、シエテに甘えないように心がけていたシーナだったが手段は選んではいられないと決意し、お願いを口にしようとした。
しかし、妹の初めてのお願いにいつもはきりっとした表情をしているシエテは、表情を蕩けさせて食い気味にいった。
「いいよ!!シーたんのお願いならお安い御用だよ!!なんだい?なにか欲しいものでもあるのかな?それとも行きたいところでもあるのかな?そうだ!美味しいい肉を狩ってくるよ!!それとも、木ノ実がいいかな?そうだ!あの甘い実がそろそろなって――」
「にーに!!ストップ、ストップだよ!!」
興奮した様子で一人盛り上がるシエテに、止まるようにシーナは必死に呼びかけた。
シーナの呼び声に現実世界に戻ってきたシエテは、蕩けるような笑顔で「どうしたの?」と、いった感じで先程までの暴走を一切感じさせなかった。
ようやく正気に戻ったシエテが再び暴走する前にと、シーナは慌ててお願いを口にした。
「私がにーににお願いしたいことは、剣術とか体術の指南をしてほしいってことだよ!」
「シーたん?何を言っているのかよくわからないな?シーたんは、俺が守るから何もしなくてもいいんだよ?」
「いや!!自分のことは自分でするの!!自分で狩りに行ったりしたいの!!それに、自分の身を守れるようになったら、旅をして他の領地に行ってみたり、王都にも行ってみたいの!!」
「えっ!!家を出たいってこと?いやだよ!!シーたんが家を出るなら俺も一緒に行くから!!」
「別に家を出たいっていうことじゃないよ?ただ、身を守る手段が欲しいの」
「それなら俺が一生シーたんを守るから必要ないよ?」
「もうーーー!!そういうことじゃないよ!にーにが教えてくれないなら、別の人に教えてもらうからいいもん!」
「べっ、別の人?それって誰?父さんはないよな?それじゃぁ……?屋敷の使用人の誰か?でも、俺以上に強い人間なんていないはず……」
シーナの発言に一人悩みだしたシエテだったが、心当たりの人物が思い浮かばず頭を悩ませていた。すると、シーナは頬をぷくっと膨らませて言った。
「夢で……。夢に現れる格好いい騎士様!!」
思いも寄らないシーナの発言にシエテは、驚いた表情で見返した。
シーナは、耳まで真っ赤にして小さく震えていた。
そして、更に続けて言った。
「最近は見なくなったけど、少し前まで見ていた夢に格好いい騎士様が出てたの。その騎士様を真似て訓練するからにーにには頼らないよ!!にーにのばかーーー!!」
そう言い残してシーナは全力でその場を逃げ出したのだった。
しかし、シエテは夢に出てきた格好いい騎士が気になって仕方がなかったので、大人気もなく逃げる妹を全力で追いかけた。
シエテの全力疾走に叶うはずもなく、シーナは直ぐに捕まった。
そして、夢に出てきた格好いい騎士のことを根掘り葉掘り聞かれてうんざりとした表情をしたのだった。
「にーに?どうしてそんなに夢に出てきた騎士様のこと気にするの?どうせ夢の登場人物だよ?」
「夢でもだ!!シーたんの夢に勝手に出てくる不届き者は俺が成敗するんだ!!」
「謎理論だよ……」
「それで、その騎士はどんなんだ?顔は?背格好は?髪の色は?年は?性格は?俺とどっちがいい?いや、皆まで言うな。もちろん俺だな。うんうん」
「はぁ。容姿はよく覚えてないけど、お嬢様?をお姫様みたいに大切にしてて誠実で真面目そうだったと思うよ。まぁ、夢の人とにーになら、にーに?」
「誠実で真面目か。そうかそうか!!わかった、見様見真似は危ないからな。俺がしっかり教えてあげるさ!!」
「えっ、いいの?二言は許さないよ?」
「ああ。もちろんだ。今日は訓練メニューを考えるから、実行するのは明日な」
「ありがとう!!にーに大好き!!」
「シーたん!!俺もシーたんが世界一大好きだよ!!」
シスコンを爆発させたシエテだったが、シーナはなんとか約束を取り付けることが出来た。
こうして、シーナは兄から戦う術を学ぶことになったのだった。
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