第二章 王子は婚約者に恋をする 4
楽しさのあまり続けて三曲も踊り続けたことで息が上がってしまったイシュミールを連れて、カインはテラスに移動していた。
イシュミールは、テラスに出たことで火照った体が冷えていくのを感じ、無意識にため息を吐いていた。
「ふう」
「イシュミール、大丈夫か?気が付かずに無理をさせてしまった」
カインはあまりの楽しさに、踊り続けたことを謝罪した。
ダンスをしている間は、いつも以上にイシュミールをそばに感じられたことと、大切な婚約者を周囲に自慢できたことが嬉しすぎるあまり、無理をさせてしまったとしょんぼりとした声を出してしまっていた。
その余りにもしょんぼりとした声音を聞いたイシュミールは、最初は驚いたが無理などしていない、むしろもっと体力があれば踊り続けていたかったと本心を語った。
「いいえ、カイン様。わたしはとても嬉しかったです。あんな素敵な舞台で、カイン様と踊ることが出来て。わたしにもっと体力があれば、もっと踊っていたかったところです。今は、ダンスで火照った体が外の空気に触れて、とても気持ちがいいのです」
そう言って、カインに優しく微笑みかけた。
カインは、イシュミールの優しい微笑みに見入ってしまった。
いつもとは違う、少し化粧をしたイシュミールはいつも以上に美しく、触れる薄いレース越しの肌はとても熱かった。
イシュミールは火照った体の熱を冷ますように、外の冷たい空気を吸っていたがカインはあまり体を冷やしても風邪を引いてしまうと気が付き、急いで自分の着ていた上着を脱いで彼女にそっと掛けた。
自分を優しく包む温もりに驚いたイシュミールは驚いてカインを見つめた。
カインは照れたように、鼻の頭をかきながら、そっほを向いて言った。
「女性が体を冷やすのはいけないと聞いた覚えがある。もう少ししたら、戻るぞ」
カインの気遣いに、心が優しいもので満たされるのを感じたイシュミールは、カインの上着の袖をそっと取り、愛おしそうに口づけた。
「カイン様、とても暖かいです。ありがとうございます」
それは無意識の行動だったが、カインはそれを見てイシュミールを抱きしめたい衝動に駆られた。
しかし、会場の光があるとはいえ、こんな暗がりで抱きしめてしまったらきっと抑えが効かなくなると分かっていたカインは必死にその衝動を抑えていた。
カインの思いには気が付かないイシュミールは、美しい微笑みをカインに向けた。
愛おしいその微笑みに限界を感じたカインは、小さく喉を鳴らした。
そして、抱きしめる代わりにそのほっそりとした小さな手を取って、口づけた。
口づけをされたイシュミールは驚いたが、それを嬉しく思った。
しかし、カインの次の行動に驚きの声を上げた。
カインは、イシュミールの手袋を勝手に脱がしてしまったのだ。
そして、その肌に直接口づけたのだ。あまりの恥ずかしさに、再び体が熱くなるのを感じたが、嫌ではなかったのでされるがままになっていた。
やがてカインは、ちゅっと音を立ててイシュミールの手から唇を離した。
そして、先程まで口づけていたその指に、そっと指輪を嵌めたのだ。
驚いてカインを見つめると、彼は恥ずかしそうにしながらも、熱のこもった蜂蜜のように甘くトロリととろけた眼差しで見つめ返してきた。
「これは、俺からの誓いの証だ。君を永遠に愛すると」
イシュミールは、驚きにその瞳を見開いた。そして、左手の薬指を見つめた。
そこには、金のリングにサファイアのついた指輪があった。
指輪を見た瞬間、丸でそれがカインの分身のように感じられたイシュミールは、右手で左手の薬指にはめられた指輪を大切そうに包み込んだ。
そして、涙に濡れる瞳でカインを見上げていった。
「カイン様……。ありがとうございます。わたしも、この指輪に誓います。貴方様を永遠に愛することを」
カインは優しく、イシュミールの涙を拭った。そして、優しくその華奢な肩を抱いた。
しばらくそうしていたが、このまま二人でいたい気持ちはあったが、イシュミールが風邪を引いては大変だと、広間に戻るために彼女の手を引いて戻ることにした。
広間に戻ると、令息たちがイシュミールを見て頬を染める場面に出くわしたカインは、しまったと自分の迂闊さに自分を殴りたい気持ちでいっぱいになった。
イシュミールは、先程のことが嬉しかったようで、頬を赤く染めて、花のような笑顔を見せていたのだ。
他の男に見せるつもりのないカインは、心の狭い独占欲の塊のような男だと言われてもいいと考えて、不思議がるイシュミールをタウンハウスに送るため、王宮を後にしたのだった。
タウンハウスに向かう馬車の中で、イシュミールが嬉しそうにニコニコと指輪を眺めている姿を見たカインはでれっとした表情になっては、きりりとした表情を作るといった行為を繰り返していたのだが、イシュミールはそれに気づくことはなかったのだった。
その日の晩、イシュミールよりも遅く帰ってきたイシュタルは約束通り、イシュミールのベッドに潜り込んできた。
社交界デビューに緊張で疲れていたイシュミールは、久しぶりに一緒に寝る妹の頭をなでながら、うとうとしていたが、いつの間にか眠りについてしまっていた。
本当は、昔のようにベッドの中でイシュタルと他愛のない話をしていたかったが、眠気には勝てずぐっすりと眠ってしまったのだ。
イシュミールが眠ったことを知ったイシュタルは、大切で大好きな双子の姉の頭をなでた。
そして、愛おしそうに眠っているイシュミールの小さな顔をなでた。
久しぶりに触る肌は、領地にいたときよりも滑らかですべすべしていたように思った。
そして、手をそのまま首元に滑らせてから、胸元にある左手に屋敷を出る前までにはなかった物があることに気がついたのだ。
暗がりの中で、月の光だけを頼りにそれを確かめたイシュタルは、それが指輪だと気が付きギリリと唇を噛んだのだった。
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