とびらあけて3
大通りに面したバーガーチェーン店を覗き込んだチーフは、店内のポスターを見るとふよふよと紺屋の元へ戻って嬉しそうに口を開いた。
『なあなあ、とろーりチーズのお月見サンドやって。これ昨日CMでやってた奴やん。旨そうやな〜。お前絶対好きやろ?買わへんの?ああすまんすまん、いま俺と会話したら変な人になってしまうな』
後ろ斜め上から聞こえる何とも庶民的な言葉は、幽霊とは思えないほどのナマモノ感を醸し出しながら紺屋へ降り注いでいる。
その全てを無視しながら、紺屋は眉を顰めたまま前方を見据えて歩き続けている。
順調に遠ざかるバーガーチェーンを見つめて指を咥えていたチーフがやっと諦めた辺りで、紺屋はぴたりと足を止めた。フヨフヨと浮いてついてきていたチーフが紺屋にめり込む。
『なんやなんや』
「なあ、やっぱりさ」
驚くチーフに小声でそれだけ返した紺屋は、くるりと方向転換し、来た道を戻り出した。
チーフは大袈裟に肩を落とすと、露骨に嫌な顔をする。
「嫌なら消えてていいぞ」
チラッとチーフを確認した紺屋が言うが、チーフは消えずに横に並んだ。
『怖すぎたら一旦透明になったるからな。サービスやからなっ』
「お前幽霊のくせに怖がりすぎだろ」
『グロもあかんねん』
「ふーん……んで、あの浮いてた男、どう思った?」
大通りは人が行き交っており、怪しく思われないよう、紺屋は小声で問いかけた。
チーフは腕を組み、うーん、と唸る。
『こんなはずじゃー、って言ってたよな。あの感じやと予想だにしなかった事故で死んでしまって、あの女の人に何か伝えたいから一緒におる、って感じかなあ』
「それは大体わかる。じゃなくてお前、取り憑いてないって言ってた理由は?」
『それなあ。あん時はなんとなくそうかな、と思ってただけだったけど、確信に変わったわ』
「どう言う事だ?」
『いやな、取り憑いとったら、その対象からはそんなに離れられへん筈なんや。でも、ほら』
先程の女性がいた脇道。その入り口が見えてきたところで、紺屋は足を止めた。
チーフに触れられた時よりも明確に、冷や汗が流れる。
その入り口には、先程の男の霊が立っていた。
その視線は間違いなく紺屋を捉えている。
チーフは紺屋を追い越すとその視線を遮るように前に立った。半透明のチーフの背中が目の前に現れると、紺屋は張り詰めていた呼吸を整えるために数回深呼吸をする。
『言うのやめよと思ってたけど、後ろついて来とったからな』
「全然気づかなかった……」
『気付かせないようにしとったんやけどな。お前から首突っ込むんやったら、別や』
全く動かず、曲がり角の端で陰に溶け込むようにして佇む男。
紺屋は息を呑むと、大きく瞬きをした。
「よし、行くぞ」
『おう、先陣は任せた』
「嘘だろおまえふざけんなよ……」
血塗れ男の幽霊が佇むその角へ、他愛もない会話で気を紛らわせながら近づく。
普通に声をかければ届くような距離まで近づき、紺屋が先ほど決めた第一声を発しようと口を開いた。
しかしその声が出る前に、男の幽霊はすっと脇道へと引っ込んでしまった。
紺屋はピタリと動きを止めると、めり込むように横に貼り浮いているチーフへと声をかける。
「呼ばれてるような」
『いやいやいやいやいや怖い!怖すぎる!!』
「お前がさあ、まあいいや。もう関わるって決めたからな」
『あ、ちょ、ま』
「聞かねえ」
脇道の入り口から男の幽霊を眺める。
その幽霊は、もうすっかり紺屋たちのことを忘れたように、座り込む女性の側で立ち尽くしていた。
「訳ありやろ」
ぼそっと呟くと、男の幽霊の元へと歩き出した。
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