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ぼくたちのクラスはまとまりがなかった。中学のときのような騒がしいやつらがおらず、みんな同じように地味で真面目だった。変な言い方をすれば誰も浮いていないし、みんな浮いている。その中でもしかするとぼくらとあたえは特別浮いていたのかもしれない。園田というクラスメートに掃除のとき「きみと羽野はじぶんたちだけの世界にいるよな」と指摘された。
「そうかな」
おどけたようにそう言ったが自覚はあった。他の介入を拒んでいたし、幸いぼくらに興味を持つ者はいなかった。たぶん最初から、ぼくはあたえを愛していた。じぶんの恋愛対象について深く考えたことはないが、あたえと一緒にいるときがいちばん幸せで、あたえを見ていると精神が安定して家に帰るときがいちばん寂しい。餌に枯渇した蜘蛛のようにあたえを糸に絡んで離したくないと感じたとき、ぼくは彼のことを友情以上の気持ちで見ているんだと気づいてしまった。誰かを想ってじぶんの気持ちがこんな風に上下することはなかった。似ていると思った所為か、ぼくにとってあたえは違和感のないひとだった。でも休みの日は会わない。あたえがぼくを誘わなかったからどうすればいいのかわからなかった。
出会ってから二ヶ月が経って、六月になり、あたえを初めて見つけた桜はすっかり散ってしまって、雨ばかり降っていた。その間、ぼくらはどこの部活動にも所属せず、放課後、雨の中学校からすこし離れた商店街や小学校の近くなどを歩いていた。
あたえはむかしのことを話そうとしないし、祖父母についてあまり多くを語らない。いつもあたえの質問にぼくが凡庸な返しをする。いままでひとにそんな風に興味を持たれたことがなかったのでじぶんを抉られるような気持ちになっていたが、それが嬉しかった。
雨が降って傘を差すとあたえとの距離が遠くなる。
「きょう数学であてられた問題よく答えられたね」
雨のせいであたえの声が少し聞きづらい。
「あぁ、まぐれだよ」
こういうつまらない返しをしてしまうのは中学のときから変わらない。だけどあたえはぼくを突き放したりしない。
「嘘ばっか」
あたえが笑うと少し気が楽になった。そうやって、ぼくのことを少し見透かしてくれるといい。でも、ほかのひとにやられたら不快でたまらないんだろう。
「テスト前、数学教えてね」
「いいよ」
駅につくと傘を畳んで、改札を通った。電車がホームに入ってくると水滴が飛ぶ。
「今度、ウチにきなよ」
ぼくはさりげなくあたえにそう訊ねた。
「ありがとう。行ってみたい」
「よければ泊まりで」
電車に乗り込み、混雑の中、近い距離で見つめ合った。
「うん。ありがと」
あたえが笑うと胸の中が穏やかになった。じぶんに似ているひとを好きになるなんてナルシズムだろうか。あたえは目がぼくとは違うけど見ていると「知ってる」と思う。
ドアが閉まるとあたえが寄りかかり、低い位置でぼくを見た。
「ひとと付き合ったことある?」
「え」
いままであたえは恋愛に対してぼくに訊いたことはなく、焦った。ぼくと同じようにあたえも恋愛には興味がないんだと思っていたから。
「ないけど……」
「ないか」
「あたえは?」
ぼくが訊くと唇から浅い息を漏らした。
「ない、しょ」
胸の中が一気にざわついた。あたえの瞼の綺麗な線、ぼくよりも少し茶色がかった瞳。ぼくをからかうような色はあるけれど、追及できない。
「宝良」
ぼくの最寄駅を告げるアナウンスがした。
「何?」
「なんでもない」
あたえの寄りかかっている扉が開きそうになると体を浮かせた。
「またあしたね」
ホームに降りて、ドアが閉まり、あたえはぼくに手を振った。そのまま電車が去るのを見ていた。
あたえが何を言おうとしたのか、わかる気がした。望む答えをくれるのではないかと浅はか期待を持ってしまった。愛が深まるたび、ぼくの心は壊れそうになる。愛情の方向がわからなくなる。あたえを家に呼んでしまったが隣で彼が眠っていて自我が保てるのか、不安だ。
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