第559話 朱雲&翼桓VS黄姫&赤姫

 「ッ!?双魔殿ッ!」

 「朱雲ちゃん!よそ見は駄目よっ!!」


 左翼で黄姫と降魔杵ペアとの攻防を繰り広げていた朱雲は、双魔の絶叫に気を取られて、反射的に右翼方向に顔が向きかけた。そこに翼桓が声を掛ける。一瞬の迷いが敗北に繋がるのは当然のこと。それは、相手も分かっている。


 「じゃじゃじゃ!“蛇雲炎じゃうんえん”!」

 「ッ!“青龍波導”参式“水流変換”っ!!」


 黄姫の後方に下がっていた赤姫が朱雲の意識の間隙を狙って、解技を発動してきた。青雲剣の一振りから生じた炎が燃え盛る一匹の蛇へと姿を変えて朱雲へと飛来する。青雲剣の能力には生み出した炎を蛇へと変えるというものがある。その能力による解技だ。


 しかし、朱雲も即座に反応して解技を発動して迎え撃つ。青緑の剣気を青龍偃月刀の切っ先へと集中させ、“蛇雲炎”へと横薙ぐ。放出された剣気は水へと変わり炎の蛇を飲み込んだ。


 バシュウーーーーーーーーー!!!


 水と炎は派手な音と水蒸気を発生させて相殺した。


 『力を取り戻してきたか。厄介だな』

 「先にあちらを倒した方がいいでしょうか?」

 『それは許してくれないだろう。来るぞ!』

 「はいやー!!」


 青龍偃月刀の忠告の直後、黄姫が地面を滑るように朱雲へと迫ってきた。振り上げた降魔杵を朱雲の頭を狙って振り下ろしてくる。


 「くッ!」


 直線的な動きなお陰で対応はしやすい。朱雲は青龍偃月刀を棒高跳びの棒のように使って上に跳躍して黄姫の一撃を回避する。次の瞬間、朱雲の立っていた地面はクレーターのように円状に凹んでいた。直径は一メートルほどと小さいが深さは数十メートルはあるのだろうか。底が見えない。凄まじい威力だ。


 「うー!ちょこまかと!うざいわー!」


 敵を仕留められなかった苛立ちに黄姫はそのまま数回、降魔杵をブンブンと振る。


 ズドンッ!ズドンッ!


 地面が揺れてクレーターがさらに五、六個増える。


 「朱雲ちゃん!引きつけておけなくてごめんなさいね!」

 「いえ!拙が気を逸らしてしまいました!目の前の敵が最優先です!申し訳ありません!」


 着地した傍にいた翼桓が息を整えて謝ってくる。今のは完全にお互い様だ。朱雲も青龍偃月刀を構えなおしながら翼桓に謝罪の言葉を掛ける。


 『あにょ黄色い娘と降魔杵、隙が無い。それに硬すぎる』

 「そこに青雲剣の援護まで追加されると手の打ちようがないわよっ!」

 『不自然だ。何か、特に降魔杵の能力には条件があると見た方が賢明だ』

 「条件!青龍!その条件とはなんなのですか!?」

 『それが分かれば苦労はしていないだろうが!馬鹿者!少しは自分で考えよ!』

 「そうでしたっ!ッ!“水流変換”!!」


 青龍偃月刀に叱られてハッとした朱雲は、瞬時にもう一度ハッとして剣気を水へと変えて膜を作った。そこに、今度は四匹に増えた“蛇雲炎”が衝突して再び周囲に水蒸気が舞う。


 「隙ありよっ!」

 「しまっ……」

 「俺に任せてっ!蛇矛!」

 『うむっ!』


 水蒸気の向こうから飛び出してきた黄姫に、朱雲は一瞬反応が遅れてしまった。一撃が凄まじく重い降魔杵を喰らっては一巻の終わりだ。そこにすかさず翼桓が割って入った。


 「フンッ!」


 裂帛の息遣いで瞬時に全身を剣気に包むと蛇矛の柄をしならせて、降魔杵を迎え撃った。


 ガギィィンッ!!ボコッ!


 鈍い音が戦場に響き渡る。上からの一撃を受けた翼桓の屈強な身体は降魔杵の重さで十センチメートルほど地面にめり込んだ。しかし。


 「ッ!オッルァァァァーーーーーー!!!!!」

 「キャーーーーッ!?」


 翼桓は表情を僅かに歪め、そのまま歯を食いしばって黄姫の身体を野球のように打ち返した。黄姫は悲鳴を上げて宙を舞う。そして、ズシンッ!と地面をめり込ませて前方十五メートルほどの場所に着地した。


 「この禿げ頭―――!!何回も邪魔するんじゃないわよーー!!」

 「お黙りっ!朱雲ちゃん、大丈夫かしら!?」

 「はい!かたじけないです!翼桓は大丈夫ですか!?」

 「ええ!……この間闘った時よりも重い一撃だったけれど……何とか打ち返してやったわ!今度はこっちの番よ!」

 「はいっ!」


 朱雲は翼桓と同じように全身に剣気を纏うと、同じタイミングで黄姫と降魔杵目掛けて突っ込んだ。


 ガギンッ!ガギンッ!


 「アハハ!あなた達!お馬鹿さんでしょ?あたしにはそんな蚊が刺してくるみたいな攻撃は効かないわ!」

 「あら!残念!けれど!蚊ってことは不快にはなるってことよね!!」

 「むきーーーーっ!ムカつく!!!」


 青龍偃月刀と蛇矛を受け止めて余裕の笑みを浮かべる黄だったが、翼桓の皮肉に癇癪を起して降魔杵を振り回す。朱雲と翼桓が距離を取ると、クレーターの数が増えた。さらに、距離を取った場所に“蛇雲炎”が飛来する。先ほどは水蒸気で視界を遮られて隙を作ってしまったので、量を減らした水で迎え撃つ。この攻防が二、三度続いた。


 「なんなんだよっ!!あのメスガキ!硬すぎるだろうがッ!!」

 『翼桓、落ちちゅけ』

 「落ち着いてられるか!時間との闘いだぞ!!!」


 痺れを切らして声を荒げる翼桓に蛇矛が落ち着くように諭している。いつもの上品な女性的な雰囲気はどこへやら。顔を真っ赤にして、青筋を浮き立たせて、邪魔になったのか着ていた衣を破って、逞しい上半身を完全に露出している。


 一方、朱雲も少し気疲れして、集中力が乱れていた。目の前の相手だけでなく、赤姫と青雲剣にも気を配っていなければならないのだ。


 『朱雲、お前も落ち着け。集中しろ』

 「はいっ!すー……はー……大丈夫ですっ!!」


 朱雲が息を整えて青龍偃月刀を構え直したその時だった。


 「もーーーーーーーーーっ!!あったまきたわーーーーーーー!!これで終わりにしてあげるんだからっ!!」


 鬱憤が溜まっていたのはこちらだけではなかったようだ。黄姫は光柱が立つほどに黄土色の剣気を噴き上がらせると、膨大な剣気を纏ったまま朱雲と翼桓に吶喊してきた。その勢いはまるで土砂崩れのようだ。


 「翼桓っ!!」

 「チッ!」

 『馬鹿者!自分のことも心配せよ!!』


 態勢を整え終えていない翼桓に忠告を飛ばした朱雲だったが、その行動が自分の隙を生んでしまった。朱雲と翼桓、十分な迎撃を放てない二人に容赦なく剣気の奔流が迫る。万事休す。そう思われた。されど、必殺の剣気と二人の間に何者かが、軽やかな足取りで降り立った。


 その者は、線上には相応しくない、優雅な衣を身に纏い、一本に纏めた黒髪を靡かせ、両手には長さの違う二本の剣を手にしている。


 その背中を目にした朱雲と翼桓は驚きのあまり、我を忘れて動きをほとんど完全に停止してしまった。


 気まぐれな風のように現れたその影は飄々とした口調で笑いながら言った。


 「これ以上、頑張る私の可愛い義妹たちを苦しめるのは許さない。この、劉具白徳が!!」


 そう、彼女こそは臣民に慕われて止まない、希代の名君、現蜀王、劉具白徳であった。


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