第554話 突風、火炎、万刃

 「はっ!」

 「行くわよぉぉぉっ!!」


 白徳の掛け声に呼応して、まず、青龍偃月刀を右手に握りしめた朱雲と蛇矛を肩に担いだ翼桓が高さ四十メートルを優に超える城壁から飛び降りる。


 二人が先陣を切ったのは白徳の義姉妹としての、蜀の将としての気概を示さんがためだろう。両者ともに誰を相手取るか既に決めていたのか、その横顔に迷いはないように見えた。


 今回、敵の急襲によって、軍議は城内の防衛についてのみを緻密に行い、城門の防衛線。すなわち、遺物使いたちの闘いについては相手の出方と能力を見つつ柔軟に、一騎打ちと混戦を切り替えることになっている。つまり、序盤は各自の遺物使いとしての勘と判断能力に委ねられる。


 双魔の目から見て、朱雲は一級の遺物使い。青龍偃月刀も伝説級遺物の中では最上段に序列する強力な遺物だ。翼桓と蛇矛もそれと同等、もしくは年の功だけより高い実力が見込まれる。その二人が飛び出した時点で、戦況はこちらに傾きはじめる可能性もある。


(ロザリンが出られない今二人の突貫力は戦況の鍵だ……)


 頭の隅で思考しながら、双魔も戦場へ飛び込もうとしたその時だった。


 「せ!せ!せせせせせっ!せいうんけんっ!」


 甲高い女の声が響き渡った。微かに確認できたのは、叫んだのは洪仁汎に“赤姫”と呼ばれていた赤い衣を着た女。手にはいつの間にか自分の背よりも長大な剣を両手で握っている。


 洪仁汎が姿を消す前までは、女の後ろには身の丈二メートル、上裸で大きな刺青の入った男が立っていた。赤姫と契約を交わした遺物だったのだろう。そして、女の持つ剣こそが遺物の真の姿であった。遠目のせいで細かい特徴は見えないが、その威容は圧倒的なものであった。


 赤姫は叫び声と共に脇構えから逆袈裟に剣を大きく振り上げた。その細腕からは信じられない剛腕。剣気による身体能力の強化もまた異常な拡張を見せていた。


そして、剣が振り切られた瞬間、凄まじい突風が巻き起こった。風は黒く染まり、周囲に転がっていた岩が幾つかを巻き込んで城壁目掛けて飛んでくる。さらに、少し遅れて、空を赤くするほどの瀑布のような火炎が発生し、黒風と入り混じって城門に襲い掛かる。それだけには収まらず、何処から現れたのか、風炎の中には幾千幾万もの剣や矛が混じり、全てを切り裂かんと飛来する。


 それはまさに、暴虐という概念を具現化したかのような、信じ難い一撃だった。空中で動きの制限される朱雲と翼桓は目を剥いた。


 「……ここまでとは、予想外だね」


 雌雄一対の剣を構え、勇ましく開戦の火蓋を切った白徳の口には苦笑いが浮かんでいた。勿論、双魔も驚愕を禁じ得ない。けれど、これくらいならば


 「”極大ヒュペルメガテス神聖壁トイコス半球ヘーミスパイリオン”!!」


 風が、炎が、万刃が。城壁を滅ぼし尽くそうと迫る中、双魔の背後から、高らかな力強い声が響いた。


 同時に膨大な白い剣気が城壁を包み込み、障壁となって赤姫の一撃の前に立ちはだかった。


 「ッ!ハッ!」


 二つの剣気が互いの距離を食い尽くす直前、アッシュがさらに力を籠めたのが分かった。そして、衝突。軍配は、アッシュとアイギスに上がった。赤姫の広範囲攻撃は完全に消滅した。


 「流石にこれくらいは対処できるよな」

 「当たり前だよ!何たって、僕は“聖騎士”だからね!」


 双魔がニヤリと振り返ると、アイギスを構えたアッシュも得意げに笑い返してきた。


 『褒め合うのは勝ってからにしなさい』


 すかさずアイギスの忠告が入るのもいつも通りだ。そんな光景に、白徳は笑い声を上げながら驚いていた。


 「はははっ!凄いね!頼もしい限りだよ!君たちが来てくれて、蜀は幸運だ!」

 「白徳殿、自分たちが言われた手前ですが、喜ぶのは勝った後に」

 「おっと、そうだったね、双魔君!それよりも今の一撃と遺物使いの赤姫とかいう女の子が言ってた名前。宝貝の見当はついたかな?」

 「ん、青雲剣……魔家四将、魔礼青まれいせいの剣。厄介な遺物ですね……」


 青雲剣とは『封神演義』において太公望と敵対した仙人四兄弟、魔家四将の長男、魔礼青の持つ剣である。その剣身には地水火風の符印が刻み込まれており、斬撃と共に突風と火を巻き起こす。また、風は黒き風となり、その中に無数の刃や矛を形成して敵を切り刻む能力を有する。非常に強力な神話級遺物だ。白徳の胸中は太公望の警告を深く受け止めていた。


 「今のアレを連続で受けるとなると……オーエン君も負担が大きいと推察するけど、どうかな?」

 「僕は平気ですけど……守ってるだけじゃ勝てない」


 アッシュは自分は問題ないと言いつつも、表情を厳しくした。城は守れても、敵に攻めかかることができない。そう判断したからだ。が、二人の懸念は一先ず杞憂に終わる。


 「……流石に今の範囲の攻撃は、向こうさんも負担が大きいみたいだな」


 双魔の視線の先を見ると、赤姫は片膝を地面につき、身体を上下に大きく揺らしている。さらに、辛くも青雲剣の攻撃を免れた朱雲と翼桓が赤姫へと一直線に疾走していた。


 「青雲剣はあの二人に任せて……俺も出るか。アッシュ」

 「うん!任せといて!」

 「悪いね。私はこれでも王様だから……」

 「ん。大将は妄りに動くべからず。ティルフィング!」

 『うむ!!』


 双魔はティルフィングの元気な返事と共に城壁を蹴って、落ちていった。その背中を白徳は見つめる。


 「やっぱり、君子……彼を逃したら、私は末代まで愚者の誹りを受けるに違いない。全てはこの戦に勝ってから……だね」


 満足気な笑みを浮かべる白徳は、無論己の身体が戦場の風にさらされていることを忘れない。油断なく戦況を見渡す。“成都城の戦い”と呼ばれる遺物使いたちの合戦の行方は、まだ何人たりとも知ることはなかった。

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