イサベル編

 「と、いうわけで、だ。努力次第で固有魔術の初代となることは可能なわけだ。昔と違って、今は発想の転換でそれが可能だ。魔導界にもグローバル化の波が押し寄せてる。血統が全てを決めるわけでもないってのが、最近の潮流で制度も変わってきている。ここにいる諸君はその意欲があるから、ここにいると俺は思っている。その気があるなら相談にも乗る。明日以降、俺の準備室を訪ねてくるように。諸君には機会が与えられている。以上、今回の特別課外授業はこれまでだ。お疲れさん」


 教壇の上で講義をしていた双魔が終わりを告げると、教室一杯に詰まっていた学生たちはそれぞれ双魔のところに相談をしに行くか行かないかや、自分の実家の事情などを話し合いながら、教室から出ていく。その様子を、後方の席で静かに講義を聞いていたイサベルは少しボーっとしながら眺めていた。


 今行っていた講義は、魔術科の学科長が企画した新たな固有魔術の開発と人材発掘を啓発する目的のものだった。ガビロール宗家次期当主のイサベルにとってはあまり関係のない内容だが、参加が自由だったので聞きに来ていたのだ。お目当ては、言うまでもなく双魔だ。


 (久しぶりに聞いたけれど……教壇の上の双魔君は……素敵ね。いえ、いつもの双魔君も素敵なのだけれど)


 双魔への片思い歴がそこそこ長かったイサベルにとっては、教壇の上に立つ双魔は不思議で特別な存在なのだ。憧れだった頃の双魔が目の前にいる感じを味わいたかった。今年から双魔は正式な講師として、一、二年生を担当するようになったため、イサベルはこういう機会でもないと仕事をする双魔の姿を見る機会がない。


 (……一年生と二年生の女の子が心なしか多かったのは……やっぱり双魔君を見に来ていたのかしら?)


 イサベルのそんな予想は的中している。後輩たちは皆、双魔のファンだ。あの端正な顔立ちと、クールに見えて面倒見がいいところにやられてしまうのだ。


 素の双魔を知るイサベルとしては、そこに可愛げが合わさってくるので、さらに愛おしさが増し増しだ。でなければ、黙って講義を聞きに来たりしない。


 「っ!?……え?……あ……」


 と、そこでイサベルは双魔の視線がジッと自分に向いていることに気づいた。周りを見回すとついさっきまでいたはずの他の学生は一人もいない。茜色に変わりつつある斜陽の差し込む階段教室には、教壇の上からこちらを見上げている双魔と、一番上の席から双魔を見下ろしている自分の二人きりになっていた。


 「……」


 双魔はイサベルが気づいたのが分かると、何も言わずに手招きをした。バレずに教室を出るつもりだったイサベルは恥ずかしかったので、少し俯きながら通路を降りて、教壇の上の双魔の前で止まった。


 「双魔君……えーと……その……」

 「ん?どうした?」


 黙って講義を聞きに来たことに何か言われるのではないかと思ったが、双魔はそんな感じではなかった。だから、観念して自分から切り出す。


 「ご、ごめんなさい……黙って見に来て」

 「……なんで謝るんだ?参加は自由だろ?それに、イサベルは俺の講義を聞きに来てくれるんじゃないかって、こっちも勝手に思い込んでたからな。謝られるどころか、来てくれてよかった」

 「え?そうだった……の?」

 「ん、そうだったんだ」


 双魔はそういうとニヤリと笑って見せた。その悪戯っぽい笑顔が、イサベルの恥ずかしさに拍車をかける。顔が熱を帯びたのが分かる。双魔から顔を逸らしてしまう。


 「ごめんなさい……私、今変な顔してるから……」

 「……そんなことないと思うが……まあ、いいか。さて、日本好きのイサベルさんに問題です」


 突然双魔の質問コーナーに突入した。イサベルは驚いて、まだ顔が少し赤いのも気にならなくなって、双魔の顔と向き合った。やっぱり、悪戯っぽい笑顔を浮かべている。


 「な、何かしら?」

 「今日は何の日でしょう?」

 「え?えっと……」

 「時間切れだ。正解は、こちら」


 双魔はそういうと、何処から取り出したのか、薄紫色の薄布に包まれた小さな木箱を差し出してきた。


 「え?え?」


 反射的に受け取ったイサベルは、数秒、包みを見つめてから正解に行きついた。


 「今日……三月十四日……ホワイトデー……」

 「流石、知ってたか。まあ、心ばかりのお返しだ。受け取ってくれると……嬉しい」


 双魔は片目を瞑って親指でグリグリとこめかみ刺激しながらそう言ってきた。双魔が面倒なことを考えたり、照れているのを隠す時に見せる癖だ。きっと、今は照れくれているのだろう。イサベルの中にまだ少し残っていた恥ずかしさが、嬉しさで上塗りされていく。


 「……ありがとう……その……」

 「ん、喜んでもらえるか分からないけどな、遠慮なく開けてくれ」


 双魔の言葉に甘えて、イサベルは教卓に包みを置くと、薄布の中から木箱を取り出し、布を綺麗に畳んで箱の横に置いてから、そっと蓋を開けた。藁の敷き詰められた箱の中に入っていたのは……。


 「……綺麗」


 コルクで栓のしてある瓶だった。中には、美しい紫紺色の結晶が沢山詰められている。イサベルにとってはなじみのある物だった。


 「もしかして、スミレのキャンディー?」

 「ん。よく分かったな?」


 今度はズバリと言い当てたイサベルに、双魔は少し驚いたようだった。


 「マドリードのお菓子屋さんの名物で、お母様とよく一緒に食べていたから……わざわざ取り寄せてくれたのかしら?」

 「ん?いや、一応……俺の手作り……だ。ルサールカさんに大分手伝って貰ったけど……イサベルの眼と同じ、綺麗な色だからな……うん」


 こめかみグリグリでは抑えきればくなったのか、双魔ははっきりとイサベルから顔を逸らした。その仕草が、自分のために手作りをしてくれたという事実が、自分の眼を綺麗だと言ってくれる言葉が、双魔への愛おしさを掻き立てる。気づけば、キャンディーの詰まった瓶を胸の前で抱きしめていた。


 「双魔君」

 「ん?」

 「……ありがとう……嬉しい」


 双魔の理性と優しさを感じさせる、イサベルの大好きな燐灰の瞳に、自分の顔が映っている。きっと、自分の潤んだ瞳には双魔の顔が映っているに違いない。思いが溢れる。瞼が勝手に降りて、顎を少し上げてしまう。


 「…………」


 双魔が一瞬、息を呑んだのが分かった。それから、夕陽に照らされて黒板に浮かび上がっていた二人の影は、そっと重なるのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「……あいやー」

 「ふわわわわ!」

 「これは見ていけないものを覗き見てしまったわ……親友として……人としてやってはいけないことをしてしまったわ」


 双魔とイサベルが思いを交わしていた一つ上の階の教室で、驚きと罪悪感に塗れた声を上げる影が三人。言うまでもなく、愛元、アメリア、梓織の三人娘だった。実は講義を聞きに来ていた梓織は、親友のイサベルがしっかり双魔と仲良くやれているのかどうかを確かめたいという、大いなるお節介心に囚われてしまい、二人を呼び出すと、いつかのように愛元の天眼通てんげんつうの仙術で覗き見をしていたのだ。その結果がこれである。


 「確かめようって言ったのは梓織ちゃんじゃないっスか!」

 「アメリアだって、お嬢が心配っス!ってノリノリだったじゃない!」

 「まあまあ、お二人とも。兎にも角にもこれは秘密ですなー」

 「それは、そうね……凄い罪悪感よ。私ったら……」

 「アタシは罪悪感もあるっスけど……すごくドキドキしてるっス……」

 「イサベル殿は怒らせると怖いですからなー……他言無用ですよー」


 首謀者と共犯と実行犯、三人は決して誰にも言わないように固く約束を交わした。しかし、数日後、梓織が妙に優しいのを疑問に思ったイサベルが、アメリアに鎌をかけ、アメリアはあっさりと口を滑らせてしまい、三人揃ってイサベルに大目玉を喰らったことは、わざわざ語らなくても分かり切っていたことである。


 「心配してくれるのは嬉しいけれど……私と双魔君のプライバシーを尊重してっっ!!!」

 

 


 

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