第528話 師匠と久々の再会&初対面

 「むぅ……本当に真っ暗だな。ソーマ、ここはどこなのだ?」


 光を食い潰したかのような漆黒の中、ランプの炎に顔を青白く照らされたティルフィングが双魔の顔を見上げてきた。二人は今、この岩窟の主のもとへと足を進めていた。双魔にとってはかつて過ごした懐かしい場所だが、はじめてのティルフィングが色々と疑問を持つのは当たり前だった。目的の場所まではそこそこの距離がある。双魔はティルフィングの質問に答えていくことにする。


 「んー?そうだな……ペルシャ王国の北、ダマーヴァンド山の地下って言っても難しいか……そうだな、兎に角地下深くだ。地上から二十キロくらいか?」

 「二十キロ。うむ、深いな。ソーマの師匠は何故こんな所に住んでいるのだ?」

 「んー……まあ、色々時事情はあるんだが……そもそも師匠は人じゃないからな」

 「うむ、それは知っているぞ!ソーマの魔力は他の者と違う感じがするからな!きっと、その師のせいなのだろう?」


 ティルフィングは今まで口にはしなかったが、双魔の魔力が他の遺物使いや魔術師と異なっていることに気づいていたらしい。そして、その原因が双魔に魔術の手解きをした師だと思っているらしい。が、これは三割正解と言ったところだ。


 (……まあ、師匠の影響もあるか……ティルフィングはフォルセティを認識できないから仕方ないな……ん)


 双魔はフォルセティとの約束を思い出して少し胸が痛んだ。「フォルセティとティルフィングを再会させる」という目標にはまだ一歩も近づけていない。


 「……ソーマ?」

 「ん、まあ、そんな感じだ。さて、もうすぐ着くぞ」

 「うむ!楽しみだな!」


 双魔の一瞬の沈黙に何かを感じ取ったのか、心配そうに見上げてきたティルフィングに微笑みかける。そうこうしているうちに謁見の間の入口に到着していた。


 「…………大きいな」


 ティルフィングはそれを見てポカンと口を開いていた。そこにあったのは巨大な石造りの扉だった。大きさは二十メートルほど。“黄昏の戦場”で戦った巨人たちを優に超える大きさだ。


 ゴゴゴゴゴゴ…………


 そんな扉が何の前触れもなく動きはじめた。広がる隙間から光が漏れてくる。こちらの気配を察して部屋の主が開いたのだろう。それはつまり、歓迎の意思を示している。


 ゴゴゴゴゴゴ……ガタンッ!


 扉が開き切った。その数瞬後だった。


 「ッ!ティルフィング!」

 「ソーマ!」


 双魔とティルフィングは瞬時に戦闘態勢に入った。ティルフィングは白銀の刃へと姿を変え、双魔はもう片方の手に持っていたランプを投げ捨てる。


 ゴォォォォォォォォーーーーーーーーーーー!!!


 直後、凄まじい突風が吹きすさび、その大流に乗って灼熱の炎が噴き出してきた。目に映る前に到来したその熱に汗が噴き出す。部屋を埋め尽くす逃げ場のない規模の炎が襲い掛かる。


 が、双魔は冷静に立ち向かう。


 「っ!”極・ルフス・紅氷のスクートゥム・反射盾マーグヌス”!!」


 二十メートルの扉をそのまま覆うように通常の“紅氷の反射盾”の数倍の大きさの盾を出現させる。灼熱の炎は紅氷の盾に阻まれる。


 ゴロゴロゴロ…………ピシャーーーン!パキッ……パキパキッ…………


 しかし、唸るような雷鳴と雷撃が追い討ちをかけてくる。紅氷の盾にひびが入る。双魔もティルフィングもすぐに耐え切れないことを直感した。が、対処するにはもう数瞬時間が欲しい。


 「ティルフィング!」

 『うむ!任せろ!』


 パキンッ!!


 双魔の声に応えてティルフィングは剣身から紅の奔流を放った。砕かれかけた紅氷の盾がその堅牢さを取り戻す。これで十分な隙が出来る。双魔は迷わず切り札の一つを切った。


 「“虚空の穴ファザイホリィ神魔襲封印シェイターン・メーハ”ッ!ティルフィング!」

『うむ!』


 まさに阿吽の呼吸。巨大な空間の裂け目が出現するのと同時に紅氷の壁が消失。せき止められていた突風、灼熱、雷撃が全て飲み込まれる。


 「……ぐっ……」


 双魔の身体に鈍い痛みが走った。“虚空の穴”は虚空に葬るモノの威力や存在の大きさが大きければ大きいほど負担が大きい。シスター・アンジェリカとデュランダルとの決闘ではそれをすぐに攻撃に転化したおかげでダメージは軽微だったが、ここでは魔術を逃がす対象がすぐに思い浮かばなかった。そのせいで身体に反動がきたのだ。


 「ウフフフフ……隙ありじゃ」

 『ソーマ!』


 気配も感じさせず、何者かが背後から双魔に手を伸ばした。ティルフィングの叫びも虚しく、双魔は襲撃者の手にかかると思われたが…………


 「ウフフフフフフ!強うなった、強うなった!益々妾好みになったな。妾の双魔?」


 襲撃者は慈愛の籠った声と共に、大きな胸に双魔の身体を抱きすくめるのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「…………」


 剣の姿からいつもの姿に戻ったティルフィングはまたまたポカンと口を開けて目の前の景色を見つめていた。その視線の先には…………


 「ほんに、久方ぶりじゃ!逞しくなった!凛々しくなった!ウフフフフフフ!流石、妾の愛弟子じゃ!」


 身長三メートルほどもある巨大な女が双魔を愛おしそうに抱きしめて頬ずりをしていた。しかも、ただ大きいだけではない。その妖艶な美は目にするだけで男を蕩かしてしまいそうだ。長い黒髪の間からは角が見えているし、髪の房が二本、蛇のような頭になって、笛に吹かれたように細長い身体をくねらせている。


 「……師匠、少し苦しいです……俺ももう子どもじゃないんですから」

 「なっ……なんじゃ……と!?」


 少しの間なされるがままになっていた双魔が照れ臭そうにそう言うと、角の生えた美女は「ガーーンッ!!!」と大きなショックを受けたように目を見張る。そして、双魔を床に下ろし、「よよよっ……」とその場に崩れ落ちてしまった。


 「妾の……妾の可愛い双魔が……妾の抱擁を拒絶するとは…………久方ぶりの再会であったのに…………」


 相当、ショックだったらしい美女はそのままシクシクと泣きはじめてしまった。それに双魔が反応を示す前に、今度は蛇頭の髪房が双魔に首を伸ばしてきた。


 「双魔!久シブリ!元気ダッタカ?強クナッタナ!」

 「ソウソウ!久シブリ!会エテ嬉シイヨー!」

 「ん、俺も会えて嬉しいよ。マグスとダエーワも元気だったか?」

 「イツデモ元気サー!」

 「ソウソウ!元気元気!」


 双魔は髪蛇二頭と楽しそうに再開の挨拶を交わしていた。マグスとダエーワという名前らしい。双魔に撫でられて二頭とも嬉しそうだ。


 「空間魔術モ磨キガカカッテタシ!氷ノ術モ凄カッタナ!」

 「ソウソウ!見タコトナイ術!」

 「ん、あれは俺だけじゃないんだ」

 「っ!」


 紅氷のことに触れられて、双魔がこちらを振り向いた。珍しく呆気に取られていたティルフィングもそれで我に返った。双魔が手招きをしてくれたので駆け寄る。


 「コノ娘……」

 「モシカシテ?」

 「ん、紹介するよ……っとその前に……師匠、別に俺は師匠のことを嫌いになったわけじゃありませんから……機嫌直してください!」

 「……本当か?」

 「本当です」

 「…………本当に本当かの?」

 「はい」

 「双魔、双魔!モウ一声!」

 「ソウソウ!モウ一声!」


 マグスとダエーワに突っつかれた双魔は察したのか、こめかみをグリグリと親指で刺激して、それから短いため息をついた。


 「……師匠、俺も師匠のことは大好きですから」

 「っ!!う、うむ!うむ!そんなことは分かっておった!分かっておったぞ!」


 双魔の言葉を聞いた美女はパーッと顔を晴らしてムクリと起き上がった。そこで、ティルフィングと視線が合う。


 「む?そこな娘は何者じゃ?」

 「ティルフィング」

 「うむ!我が名はティルフィング!ソーマの契約遺物だ!」

 「…………ほう」


 双魔に促されたティルフィングの名乗りを聞いた美女は一転、怜悧な表情を浮かべ、威厳と威圧的、圧倒的魔力を漂わせて、ティルフィングを上から下へ、下から上へと睨むように見回した。そして…………。


 「噂には聞いておる。主が双魔の契約遺物であることに胡坐をかかず、先に名乗る礼を見せたのならば、妾もそれなりの礼を以って応じよう。心して聞け。その黄金の瞳に妾の姿を刻みつけよ。我が名はアジ・ダハーカ。“諸悪の根源アンリ・マンユ”の后にして主が契約者、伏見双魔の師。外界にて“千魔の妃竜”などと呼ばれている、神代の残滓だ」


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