第526話 機内への訪問者

 双魔たち遺物使いは普通に?ティルフィングたちと過ごしているが、政治的に見れば“遺物”という存在は“兵器”と言い換えて差し支えないものである。伝説級・神話級遺物その力は絶大。扱いを間違えれば世界は滅亡へと舵を切ることとなる。故に世界遺物協会は登録された遺物の移動を管理、制限する。


 しかし、それには例外が存在する。各国や協会に所属する遺物使い、または遺物協会自体の要請があった場合はその制限も撤廃される場合がある。今回、双魔たちの蜀行はその例外に当たる。蜀王劉具に加え、ヴォーダン=ケントリスと太公望という大物中の大物の要請とあらば遺物協会も首を縦に振るしかないのだ。


 そんな協会への無茶には無論、”英雄”や”叡智”の座に腰を据える者たちが世界秩序を肯定し、それに向けて努めているという事実も伴っている。


 そんな裏事情を知っている双魔たちは、自分たちの代わりに協会に掛け合ってくれた学園長たちに感謝しつつ、空の旅を楽しんでいた。


 「ほ、本当に飛んでいますわ……」

 「うむ!空から地上を見下ろすというのは中々気持ちのいいものだぞ!椅子もフカフカだ!菓子もあるぞ?食べるか?」

 「お、お姉様……ありがとうございます」


 窓から青空と普段は見ることのないミニチュア模型のような地上を見下ろして、レーヴァテインは驚きのあまり良くない落ち着きの失い方をしていた。それを既に何回か飛行機を経験したティルフィングが狙ってやっているのかは分からないが、妹がリラックスできるように話しかけていた。


 双魔はそんな二振りのやり取りを見て、口元に笑みを浮かべながらホットコーヒーの注がれた紙コップを手に取った。


 「あ、双魔もコーヒーにしたんだ!」

 「ん?ああ、何となくな」

 「このコーヒー、香りも味もかなりのものだよ!紙コップで飲むのが勿体ないくらい」

 「アッシュがそう言うなら期待できるな……んっ……」

 「どう?」

 「……確かに、いつも評議会室で飲んでるやつよりも美味い」

 「でしょー!」

 「ん、まあ、俺は飲み慣れてるお前さんが淹れたコーヒーの方がいいけどな」

 「まっ!また!そんなこと言って!」

 「叩くな叩くな」


 アッシュが嬉しそうに肩をバシバシ叩いてくるので、双魔はコーヒーを零さないように素早く紙コップをテーブルに置いた。


 「皆さま!空の旅は如何でしょうか?」


 アッシュをあしらっていると姿を消していた朱雲が元気に客室に入ってきた。その後に青龍偃月刀が静かについてきた。


 「ん……お陰様で快適だ」

 「それならばよかったです!何かお困りのことがあれば遠慮なくおっしゃってください!」


 双魔が各々くつろぐ面々を見回してからそう答えると、朱雲はにっこり満面の笑みを浮かべた。


 「折角だから、少し話さないか」


 双魔は少しずれて、座り心地の良いソファーにスペースを作ると、ポンポンとそこを叩いた。


 「っ!?なっ、なんと!お隣をよろしいのですか!?畏れ多いような……」

 「朱雲さん、気にすることないよ!」

 「ん、アッシュの言う通りだ」

 「そ、それでは失礼します……」


 アッシュにも勧められた朱雲はこれ以上断っては失礼になるとでも思ったのか、緊張した面持ちで遠慮がちに腰を下ろした。ピシリと閉じた両膝の上に、両手を揃え、背筋は真っ直ぐ。とても姿勢は良いが、「リラックス」の「リ」もない。双魔は思わず笑ってしまった。


 「それでは我はアイギス殿と浄玻璃鏡殿の方へ行く。面白い勝負をしているようだ」


 青龍偃月刀はそう言うと、楽し気に行ってしまった。向かった先のテーブルではアイギスと浄玻璃鏡が勝負の続きをしている。今は碁を打っているようだった。


 「青龍は碁に目がないんです」


 朱雲が青龍偃月刀の背を見送りながらポツリと呟いた。双魔はそれを聞いてすぐにピンときた。


 「なるほどな、彼の関帝……関雲長も碁を好んで打ったって話だしな」

 「はい!双魔殿がおっしゃる通り、青龍は雲長様の影響で碁が好きなのです!」

 「……ということは、朱雲はやっぱり関雲長の血を引いているのか?」

 「はい!拙は雲長様から数えて六十六代目の関家宗主なのです!」


 関羽雲長。中華の後漢王朝末期、蜀漢の高祖劉備に兄弟の契りを以て仕えた武将。その次席は語らなくともあまりにも有名だ。群雄割拠の魏・呉・蜀の三国が鼎立した時代、青龍偃月刀を手に、赤兎馬を駆り戦場を駆け抜けた当代随一、万夫不当の豪傑として必ず名の挙がる大英雄。劉備・関羽・張飛、三名によって結ばれた「桃園の誓い」、主劉備を追っての「千里行」、その邪魔をした曹操配下の勇将たちを六人斬り捨てた「五関突破」、その他にも毒矢を受けた治療として肘を切り開き骨を削られている最中も平然と碁を打っていたなど。豪胆さ、忠義深さのエピソード挙げれば切りがない。そして、死んでその後、人の身でありながら、民の祈りに応え神となった漢。神号を協天大帝関聖帝君。通称“関帝”。


 朱雲はその直系の子孫。そう言われてみると、確かに赤らんだ顔や美しい髪の毛が逸話通りの関羽の特徴を受け継いでいるようで面影を感じさせる。何より、青龍偃月刀と契約を交わし、現蜀王劉具を「姉上」と呼んで慕っている事実が朱雲の言葉を真実としていた。


 (……まあ、嘘をつける玉じゃなさそうだけどな)


 つい、朱雲をじっと見ていると、朱雲は赤らんだ頬をさらに紅潮させてもじもじと身体を揺らしはじめた。

 「双魔殿……そのように見つめられると……何故だか分かりませんが、拙は恥ずかしいです!」

 「ん?ああ、悪い……と言うことは蜀王も……」

 「はい!姉上も蜀の高祖、劉備玄徳様の末裔なのです!拙の父上も母上も、拙が幼い頃に世を儚くしたので、姉上は拙の姉上であり、母上の代わりなのです!」あとは翼桓、張飛翼徳様の末裔もいます!えーと、複雑なのですが、一応私の妹分なのです!」


 朱雲は自分の身内のことを手を動かしながら楽しそうに語ってくれている。幼い時分に両親を亡くすとは辛い境遇であったはずなのに、全くそんな素振りは見せない。何処までも真っ直ぐで前向きな性分なのだと伝わってくる。


 (朱雲のこの性格で尊敬されるってことは……蜀王はかなりの器……先祖にも勝るとも劣らないってことか……張翼徳の末裔の方は含みがあるようだったが……)


 「そっかそっか!朱雲さんはお姉さんと妹さんが大好きなんだね!」


 双魔がまだ会わぬ蜀の首脳陣についての考察をしている横で、アッシュが優しく相槌を取っている。


 「はい!他にも趙雲子龍様の末裔の子虎殿もいますし、丞相殿は今は出向なさっているのですが……兎も角、我が蜀は民も合わせて良い方ばかりなのです!」

 「そうみたいだねー、朱雲さんの話を聞いてるだけで伝わって来るよ!ね?双魔?」

 「ん、そうだな……っ!?」


 アッシュに同意を求められて双魔が頷いたその時だった。一瞬、異様な気配を感じて、双魔は思わず立ち上がった。


 「……」

 「……なにっ!?」


 ロザリンとイサベルも気配を感じ取ったのか、反応を見せた。つまり、双魔の気のせいではないということだ。三人に数瞬遅れて遺物たちも反応を見せた。


 「双魔殿?」

 「何かあったの?」


 朱雲とアッシュはまだ気づいていないのか、座ったまま不思議そうに双魔を見上げている。次の瞬間だった。


 客室のほとんど中央に毒々しい黒色の魔法円が浮かび上がった。大きさは半径二メートルほど、蛇の眼のような紋様の応酬ではあまり見ないものだ。


 「敵襲ですか!?」

 「っ!!」


 それを見て朱雲とアッシュもようやく警戒感を高めて青龍偃月刀とアイギスが碁を打っているテーブルのそばへ飛んだ。瞬時に戦闘態勢に入ったのは流石というところか。


 その隙に蛇眼紋様の魔法円の中心に人影が現れた。蛇の紋様のローブを身に纏った人物だ。性別は分からない。


 「……転移魔術」


 イサベルが押し殺した声で呟いた。かなりの魔力を秘めている。しかも、高度な魔術を行使している。少なくともイサベル以上の魔術師には違いない。


 ビーッ!!ビーッ!ビーッ!


 その魔力を察知したのか、飛行機の非常システムがけたたましく叫びはじめた。


 『こちらコックピットです!桃玉様!異様な魔力を感知しています!何か発生しましたか!?』


 機内放送で機長が緊迫した声で朱雲に訊ねてきた。


 「敵っ……双魔殿?」


 機長に客室の現状を伝えようとした朱雲を双魔が腕で制止した。朱雲だけでなく、イサベルたちも戸惑っている。が、双魔はそれに構うことなく、現れたローブの魔術師に相対した。


 「……双魔殿、久方ぶりにございますな」


 痛いほどに耳を叩いてくる警報音の中、不思議と届くくぐもった声で、ローブの魔術師は不気味に双魔の名を呼ぶのだった。

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