第521話 桃玉と三人娘

 「こんにちは!愛元!久方ぶりですね!少し聞きたいことがあるのですが!付き合っていただけますか!?」

 「ふぁぁぁ……あふ……朱雲殿……お久しぶりでありますなー……休日のこんなに朝早くからご苦労様であります……もう少し寝たいので……二時間後に……zzz……」

 「何が、朝早くからよ。もうお昼よ……さっさと顔洗ってきなさい!アメリア!」

 「はいっス!ほら、寝ちゃ駄目っスよ!愛元ちゃん!」

 「あーうー……」


 双魔に依頼を承諾してもらってから一夜明けた。今日は土曜日で休日だ。お昼の少し前に聞いていた愛元の部屋を尋ねると盛大に寝ぼけていて、ルームメイトの大人っぽい黒髪の少女とはきはきと見るからに元気そうな茶髪の少女にお世話されていた。


 愛元とアメリアと呼ばれていた茶髪の少女が部屋の奥に消えていった。必然的に玄関には朱雲と梓織の二人きりになる。


 「えーと……愛元の知り合いなのよね?」

 「はい!お初にお目にかかります!姓は関、名は桃玉、字は朱雲と申します!朱雲とお呼びください!愛元とは蜀で顔馴染みです!」

 「はじめまして。私の名前は幸徳井梓織よ。梓織でいいわ。よろしくね」


 朱雲がビシッと拱手をしたので、梓織はぺこりとお辞儀で返した。梓織の見る限り真っ直ぐで良い子そうだ。


 「愛元に何を聞きに来たのかしら?」

 「はい!伏見双魔殿について!愛元は双魔殿と知り合いだと聞いたので!」


 (……伏見くん…………まさか、また?いえ、決めつけは良くないわ……でも、愛元だけに話させるのは引っ掛かるわね……ここは私とアメリアも同席した方がいいわ……そうしましょう)


 「?」


 用件を言ったら突然、見つめられたので朱雲は首を傾げた。一方、梓織は何かを感じ取って素早く考えをまとめた。


 「それなら、私とアメリアもお話に付き合っていいかしら?彼のことなら知っているし、貴女のことも知りたいわ。いい時間だし、街でランチでもどうかしら?」

 「なんと!嬉しいお誘いありがとうございます!是非ご一緒しましょう!」

 「決まりね。もう少しで……」

 「梓織ちゃん!愛元ちゃんの準備終わったっスよ!」

 「……zzz」


 アメリアが猫を抱くように愛元を引き摺ってきた。寝間着から着替えたようだが、魔術科の真っ黒なローブを着ている。梓織とアメリアは季節に合った涼し気な格好をしているのに少し不思議だ。因みに、朱雲は遺物科の白い制服を着ている。転校前は洋服をあまり着なかったので、着慣れするためだ。


 「アメリア、朱雲さんと一緒にランチすることになったわ。行きましょう」

 「あ、そうなんスね!アタシはアメリア=ギオーネっス!アメリアでいいっスよ!」

 「拙の姓は関、名は桃玉、字は朱雲と申します!朱雲とお呼びください!何卒よしなに!」

 「朱雲ちゃんっスね!よろしくっス!……愛元ちゃん、そろそろ起きて欲しいっス……」

 「……zzzz……」

 起きる気配のない愛元にアメリアが悲鳴を上げる。流石にずっと抱えているのは辛いと見える。

 「アメリア殿、愛元は拙が背負っていくので大丈夫です!」

 「本当っスか!?助かるっス!」

 「それじゃあ、行きましょうか」

 「よいしょっ……とっ!はい!よろしくお願いします」


 こうして朱雲と三人娘は休日の街へと繰り出したのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 一方その頃、双魔は郊外の小川に架かった木橋の上から釣り糸を垂らしていた。いつものローブは肩に掛かっておらず、水色のTシャツにチノパン。頭には麦わら帽子と、季節に合った涼し気な格好だ。


 その隣ではアッシュが同じように釣り糸を垂らしていた。こちらは白いTシャツにぶかぶかのオーバーオール。頭には水色のリボンが巻かれた麦わら帽子を被っている。


 「……おっ!」


 握る竿に振動を感じた双魔が勢いよく振り上げた。すると、食いついた小魚が尾に水を引きながら釣り上がった。飛沫となって散る水は夏の日差しを反射させてキラキラと輝いていた。


 「もうっ!また双魔っ!?」

 「おかしいな、いつもは同じくらい釣れるのにな?まあ、勝負は楽に勝たせてもらえそうだな?クックック……」

 「むー!今に見てなよ!」


 頬を膨らませて拗ねるアッシュを横目に双魔は小魚を自分のバケツに入れた。中では五匹が泳いでいる。対照的にアッシュのバケツには小さな魚影が一つもなかった。アッシュの提案で釣勝負に負けた方が昼食をご馳走することになっているのだ。


 今いるのはロンドンから少し離れた長閑な田舎町にあるオーエン家の別荘の敷地内だ。新興貴族ではあるが貴族は貴族。アッシュの実家はこう言う土地を幾つか所有している。前は双魔の体調がいい時はこうしてよく招待されて二人で遊んでいた。今日ここに来たのは前々からしていたのに何度も延期になった約束の埋め合わせだった。


 「……こうやって二人きりなのも久しぶりだな」

 「……そうだね。最近は双魔も忙しそうだし」

 「ん……まあ、な……」


 そんなに長い間が空いたわけではないのに妙な懐かしさを感じる。ティルフィングち契約してからはあまり感じることのない親友との気安い心地良さだ。


 「……ふっ!あっ!やった!」

 「やっと一匹か」

 「ふふん!ここから逆転劇のはじまりだよ!!」


 ボーっとしているとアッシュが遂に一匹小魚を釣り上げた。負けているのに得意げなアッシュの顔を見て思わず笑みがこぼれる。


 「「…………」」


 二人して釣り糸を垂らし、沈黙が訪れる。頬を撫でる夏の風が繫茂する青々とした木々の枝を揺らす。遠くでは巨大な風車がゆっくりと回っている。明るい趣のある絵に描き留めておきたい穏やかな風景だ。


 「……アッシュ」

 「……なに?」

 「一緒に来ないか?蜀」

 「えっ?あっ!んっ!……ああ!逃げた!双魔!」


 双魔の突然の提案に驚いた拍子でかかっていた魚が逃げてしまったようだ。アッシュが恨めしそうに見てくるので、双魔は苦笑した。


 「……悪い」

 「まあ、いいけどさ!それよりもっ!僕も一緒にっていいの?」


 提案はしっかり聞いていたのか双魔の真意を探るように碧色の瞳でジッと見つめてくる。明らかにそわそわしていて嬉しそうだ。分かりやすく喜んでもらえると双魔も嬉しい。


 「ん、蜀は初めて行くからな。何か起こるかもしれないし、頼れて気心知れた奴に一緒に来て欲しいからな」

 「……んふふー!そっかそっか!双魔に頼まれたら僕も断れないね!うん!一緒に行くよ!」

 「悪いな、助かる」

 「他には誰が行くの?」

 「鏡華とイサベルは誘った。ロザリンさん行く気満々だったな」

 「……案内人は朱雲さんでしょ?…………女の子ばっかりだね?」

 「…………他意はないぞ。他意は……っともう一匹!」

 「あっ!ズルい!」

 「勝負にズルいもズルくないもないだろ……さて、いい時間だし。昼飯はご馳走になるからな」

 「くーやーしーいーーっ!!…………まあ、いっか!蜀旅行に誘って貰っちゃったしね!お店には連絡してあるから行こっ!」

 「流石、準備がいいな。何の店だ?」

 「ジビエー。鳩が美味しいんだ。釣った魚もパイにしてくれるよ!」

 「そりゃあ、楽しみだ……ん、聞きたいことがあるんだが……」

 「聞きたいこと?なになに?」


 双魔とアッシュは釣竿を肩に担いで、バケツを持って二人並んで畦道を歩き出す。昼下がりの熱を帯びた風は、変わらず穏やかに吹いているのだった。


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