第520話 左文の思い

 「……ってわけなんだが鏡華とイサベルも一緒に来てくれるか?」


 学園からの帰り道、双魔は評議会室であった出来事を二人に話して、一緒に蜀に来てくれないかと提案した。因みに、鏡華は楽しそうに、イサベルは少し緊張した表情で聞いていた。


 「ほほほ……ええよ。双魔が誘ってくれるなら断る理由はあらへんし。中華は初めて。楽しみやねぇ」

 「その……誘ってくれるのは嬉しいのだけれど……」

 「ん?嫌か?」

 「ううん!そんなことないわ!私も行く!ただ……どうして私も誘ってくれたのかな?と思って……」

 「…………」

 「ほほほほ、イサベルはん。双魔を困らせたらあかんよ?」


 鏡華はすぐに快諾してくれた。イサベルも一緒に来てくれるようだが、鏡華と違って理屈を求める性格だ。誘われた理由が知りたいのだろう。ジッと見つめてくる。双魔が答えに窮していると鏡華から助け船が入った。


 「ごっ、ごめんなさい……双魔君を困らせるつもりはなかったのだけれど……」

 「理由なんてわざわざ聞く必要あらへん、あらへん。双魔がイサベルはんを誘ったのは一緒にいたいから。うちを誘ったのも一緒にいたいから。せやろ?」

 「え?」

 「…………」

 「…………」

 「ほほほほ!」


 鏡華の言葉に驚いて、改めて双魔の顔を見るとふいっと顔を逸らされてしまった。図星のようだ。色々と察してイサベルも嬉しいやら照れ臭いやらで頬を染めて下を向いてしまう。そんな二人を鏡華は楽しそうに見ていた。


 「……ん、まあ……」


 二、三分経っただろうか。気恥ずかしさを散らしきったのか、双魔が口を開いた。ここでからかってまた、だんまりされてしまっては仕方ないので鏡華は何も言わない。


 「……二人とも来てくれるならよかった」

 「その、一緒に行けるのは嬉しいけれど……何人も行って大丈夫なものなの?」

 「ん?ああ。向こうは何人でも構わないって言ってたからな。ロザリンさんも行く気満々みたいだったし……」


 双魔がロザリンの思いを受け入れたことは早々に鏡華に見抜かれて、イサベルも知っている。三人で何やら秘密の会談をしたらしく、「……鏡華ちゃんはちょっと怖いね」、とロザリンが珍しく怯えていた。


 (……話してくれないが……何の話をしたんだか……)


 鏡華がたまに怖いのは双魔も知っているので、いまだに話の内容は聞けていない


 「せやろねぇ……ロザリンはん、大胆やさかい。うちらもうかうかしてられへんねぇ……イサベルはん?」

 「きょっ、鏡華さん!」


 何はともあれ、突然訪れた旅行の機会に鏡華もイサベルも喜んでくれたようで双魔も嬉しかった。


 「双魔、そう言えば……」

 「ん?」

 「この話、もうしたん?」

 「誰にだ?」

 「誰って……そら…………」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「……坊ちゃま」


 家に帰ると双魔は背筋を正して椅子に座っていた。目の前には同じように姿勢よく左文が座っている。表情は真面目だ。鏡華が言っていたのは左文のことだったのだ。


 「……いや……すまん」


 事の成り行きと決定事項を離した後、静かに双魔を呼んだ左文に、双魔は思わず謝ってしまった。が、それを聞いた左文は不思議そうに首を傾げていた。


 「どうして左文が坊ちゃまにお謝りになるのですか?」

 「……いや、相談しなかったから怒られると思って……な?」

 「怒る?そのようなこといたしませんよ?」

 「……そうか?」

 「はい」

 「…………そうか」


 ティルフィングを連れてきた時など、左文の早とちりもあったが何度か怒られた記憶があるので、今回もそうなるかと思って覚悟したのだが、そうはならなかった。左文は怒るどころか嬉しそうだった。


 「はい!坊ちゃまは“聖騎士”とおなりになりました。以前から“枢機卿”であったことは存じ上げませんでしたが……ともかく、“枢機卿”であり“聖騎士”でもある坊ちゃまが世界の安寧のために中華に行くというのは左文にとって誇らしいことです。今まであれこれと五月蠅くして……坊ちゃまは煩わしいとお思いだったかもしれませんが……左文は久しく前から坊ちゃまが一人前だと知っておりました。口出ししたのは左文のもとから坊ちゃまがいなくなってしまうようで寂しかったのです。ですから……左文は怒ったりいたしません。これからはご存分にお役目を果たしてくださいませ。左文は陰ながらお支えいたします」


 少しだけ、涙ぐみながら微笑む左文の顔は、双魔に強烈な懐かしさを感じさせた。ほとんど毎日世話をして貰っているのに、おかしいかもしれない。でも、感じたのだ。だから、双魔も笑った。


 「そう言ってくれるのは……嬉しいけどな、俺は左文がいなくちゃ困る。だから、寂しがらなくてもいい。俺は良くも悪くも、いつまでも左文の“坊ちゃん”だ」


  双魔がそう言うと左文はきょとんとしたが、すぐにもう一度笑った。


 「……それはどうでしょうか?けれど……そう言っていただけて、左文は幸せで御座います。お気をつけていってらっしゃいませ」

 「ん、家のことは頼んだ……と言っても、行くのは来週なんだけどな?」

 「あら、これはまた、早とちりをしてしまいました!」


 双魔と左文は笑い合う。二人のやり取りを見守っていた鏡華たちもそれを見て微笑んだ。双魔の心配は何だったのか。左文に優しく背中を押されて、穏やかな気持ちで遠く蜀で待つ者たちを、双魔は思うのだった。

 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 双魔が左文と話をしていたのと同じ頃、朱雲は最近やっと住み慣れてきた学園寮の自室から窓の外を眺めていた。中華を流れる河とは比べ物にならない細い河だが。穏やかに流れに船が行き交う光景は故郷を想わせるものがある。


 「……うーん…………うーん……」

 「さっきから唸ってどうした?腹でも下したのか?」

 「いえ、不思議なことがありまして……」


 年頃の娘が訊かれれば烈火の如く起こりであろうことを青龍偃月刀に言われても、朱雲は気の抜けた様子で返事をした。


 「……伏見殿のことか?」

 「なっ!?どうして分かったのですか?」

 「お前は分かりやすいのだ。彼が気になるのなら、知っている者に訊いてみればよい」

 「そうは言っても、双魔殿に詳しい知り合いはいませんし……」

 「お前は一人忘れている」

 「誰かいましたか?…………………………………………………………………………あっ!!!??」


 腕を組んでしばらく太眉を八の字にして考え込んだ朱雲は青龍偃月刀の言う知り合いに思い当たったようだった。


 「話は明日にしろ。今からお前が迷子になっては面倒だ」

 「……分かりました!」


 青龍偃月刀の見事な制止で朱雲が迷子になることは阻止された。立ち上がった朱雲はもう一度座りなおして窓の外を眺めた。窓ガラスに僅かに反射した顔は、先ほどの曇り顔と違ってニコニコと晴れ渡った笑みだった。

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