第501話 祈りは何を導くか
聖十字教会総本山、聖地バティカヌム。新ローマ王国の中において聖地は独立した国家であり、僅かな国土には聖十字教会の重要施設が軒並み揃えている。その中央に、初代教皇の名を冠した巨大な聖堂が聳えている。
数多くの礼拝堂と祭壇が存在する大聖堂。その中でも最も主と、聖霊と、神の子と近いとされる主祭壇に一人の男が跪いていた。懸命に、一心に主に祈りを捧げていた。合わせる両手は痩せ細り、深いしわが刻まれている。
男の使命は祈ることであった。主のために、主の教えのために、無辜の民たちのために、世界の平穏のために、より良き世界の到来のために。男は祈った。俗を捨て、聖なる道に足を踏み入れてから幾年が経っただろうか。時は過ぎ、老年に至った彼は、いつの間にか主の教えを信じる者たちを導く立場へと押し上げられていた。
それでも、彼の心根と志は変わらない。祈る。ただ、主の教えが弱き者たちを救うことを。
今日も、日課の夜の祈祷を終える。短い時間で休息を取り、日が昇る前にはまた主に祈らなくてはならない。
男が立ち上がろうとしたその時だった。締め切って風一つ吹かないはずの聖堂の中で蝋燭の灯が一斉に揺らめいた。そして、主祭壇の上から光が降り注ぐ。
男の目にはそれが克明に映った。光に包まれたそれは疑いようもなく主の使いであった。
呆然と見上げる彼に向かって語り掛けるように光は蠢いた。薄暗いはずの聖堂は昼間のように、否、昼間よりも明るく照らされ、まさに聖域のようであった。
しばらく時が経つと光は再び天へと昇り去っていった。揺らめいていた蝋燭の火は光に連れられたように全て消えていた。大聖堂に闇が満ちる。
闇の中で男は崩れ落ちるように跪いた。そして、しわがれた両手を力の限り合わせて祈った。
「……主よ、神の国……ご建国の御心……この胸に……世界を神の手に……救われぬものに救いを……悪しき者には滅びを……」
男はこれからも祈り続けるだろう。主のために、主の教えのために、無辜の民たちのために、世界の平穏のために、より良き世界の到来のために。例え、今の世界がなくなってしまおうとも。
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