第499話 噂は広がる世界へと(中編)
──大日本皇国、王城京都。
「……分かりました。伝えてくれて助りました。以後もよろしくお願いします……さて、双魔……最近の仕事は僕の仕事を増やすことなのかな?」
東京から出張で帰省中、陰陽寮内の自分の執務室で仕事をしていた
部下の報告についてを知らせる場き所は複数あれど、ここに居るのだから最優先対象は決まっている。
「あっ、ご当主!今、お茶を淹れて差し上げようと……」
「おや、花房殿。お気遣いありがとうございます。少し晴久様と会ってきます。いつ戻るか分かりませんので、ご自分のお仕事に……ああ、そうだ。僕の机の上に東京土産が置いてありますから、代わりに配っておいてください」
「わ、分かりました!お疲れ様です!」
廊下を出てすぐにあった紗枝に頼み事をして気持ちを無下にしないようにしつつ、剣兎は晴久のもとに急いだ。偶然だが晴久は今、陰陽寮裏の屋敷にいるはずだ。
「晴久様、剣兎です」
『うん、入りなさい』
「失礼します」
屋敷に入るとまるで剣兎が来るのが分かっていたように、式神が晴久のところまで案内してくれた。許可を取って襖を開けると、晴久は文机で呪符に筆を立てていた。
「急ぎ、お耳に入れたいことが……」
「……何かな?」
晴久はさらさらりと一筆で呪符を書き終えると、硯に筆をおいて剣兎の顔を見た。
「英国からの報せです。双魔が……“滅魔の修道女”と対決し、惜敗したと……」
「……そうか、彼が」
「……驚かれないのですね?」
「うん、双魔くんは天全の息子だからね。特に驚くことはない。臥竜鳳雛はやがて水底から上がり、翼を広げて飛び立つものだ。その辺り、剣兎にも期待しているからね。精進するように」
「はっ、はい…………」
剣兎は晴久の反応が予想以上に薄い上に、鍛え方が足りないと遠回しに言われて、完全に藪蛇だったと苦笑いだ。
「……とはいえ、裏が気になる」
「……裏、ですか?」
「うん。差し支えなければもう少し部下に探らせなさい。剣兎、悪かったね。仕事に戻っていいよ」
「承りました……それでは続報があればお知らせします。失礼いたしました」
剣兎は頭を下げると静かに襖を閉じて下がっていった。晴久は再び筆を取ろうとして何かを思い立ったのか、手元にあった二つの八面体賽子を手に取ると机の上に放り投げた。出た目は……。
「……
晴久は異国の地にいる友の名を呟いて笑みを浮かべた。日ノ本一の陰陽師。世界の変革の時、どう動くかはまだ決めていない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──フランス聖王国、王都パリ。
「ああっ!!もう!本当に最悪!この仕事さっさと辞めたいっ!!」
フランス聖王国宮廷魔術団団長、ヴィヴィアンヌ=ウィスルト=アンブローズ=マーリンは王宮内に与えられた自室に入り、扉を閉めた瞬間、掛けていた赤縁眼鏡を化粧台の置くと、ハニーブロンドの美しい髪を掻き乱して豪奢なベッドへと飛び込んだ。この部屋で起きたことは全てが外に漏れないように念入りに結界を施してあるためどんなにだらしなくしても大丈夫な唯一のセーフゾーンだ。
「ったく!宰相は置いといて大臣どもはジロジロジロジロ見てくるし!そんなに女が珍しいか!仕事中なのにおっ立ててるってどういうことなのよ!ガキか!爺どもが!」
先ほどまで御前会議だったのだが、参加する大臣のうち数人はヴィヴィアンヌの美貌に囚われているのかとにかく見てくるのだ。その視線が兎に角気色悪い。夢魔の血が混じるヴィヴィアンヌは人間の劣情や肉欲が知りたくなくても感じてしまう。一人の女としては不快で不快で仕方がない。
「王も王よ!あのボンクラ!教会教会って国と教会どっちが大事なんだか!」
現フランス聖王国国王は聖十字教会と密接な関係を持っているため、何かと教会第一にしようとするのだ。実直な人柄で物事を柔軟に判断、対処できる宰相一人でこの国は運営できているようなものだ。
「全部……全部、ル=シャトリエのバカ息子が悪いんだ!あーもう!絶対一発殴ってやりたい!……んぐっ……んぐっ……プハーッ!」
ヴィヴィアンヌは散々愚痴りながら枕元ワインセラーから赤ワインのボトルを一本取り出し、栓を開けるとラッパ飲みした。以前、グングニルに紹介してもらってから気に入って飲んでいる日本の葡萄を使ったワインだ。
「あーっ!美味しい!もう、私の味方はお酒だけよっ!」
ヴィヴィアンヌはワインボトルに頬擦りをした。世界に十人のみの“叡智”の位階を与えられた魔術師の序列七位にして魔導七大国の一角、フランス聖王国の王宮魔術団長。そして絶世たる妖艶の美女。その私生活は決して人に見せられるものではない。
「次は何を飲もうかしら……」
コンッコンッコンッ!
速攻でボトルを一本空けて次に飲むワインを物色していると部屋のドアがノックされた。この部屋に直接訪ねてきていいのはヴィヴィアンヌ自身が指名した数人の女性の腹心だけだ。
「入っていいわよー!」
「失礼します」
入室を許可すると生真面目そうな黒人の女性が入ってきた。団長になって最初に抜擢した魔術師で若いながら実力が高く、かなり気が利く。
「何かしら?これから寝たい気分なんだけど……」
「こちらを……私の用件は以上ですので、何かございましたらお呼びください」
腹心はベッドの傍まで来てヴィヴィアンヌに二つ折りの紙切れを渡すと速やかに部屋を出ていった。
「……何処からの報せかしら……何々…………へぇー……噂のあの坊やが……ふーん、何か裏がありそうね?後で調べさせようかしら?……それにしても、伏見双魔か……ウフフフフッ!ちょっと興味あるかも!」
艶やかで形のいい唇を真っ赤な舌が撫でる。むしゃくしゃしていた“花幻の魔女”の
機嫌は少しだけ上向きになった。噂の少年がどんな人物なのか。久しぶりに酒以外の興味対象が見つかった。
ポンッ!
ヴィヴィアンヌは楽し気に、次のワインボトルの栓を開けるのだった。
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