第490話 窮鼠猫を嚙む

 「ハァァーーーーーーーッ!!!」


 キィィィーーン!!!


 「くっ!“虚空の穴ファザイホリィ陸重シェシュ”ッ!」


 アンジェリカと双魔の攻防は中距離を保って膠着していた。直接接触を避けたい双魔が逃げの一手を取り、近接で決着を着けたいアンジェリカがそれを追っているからだ。


 追う側のアンジェリカはデュランダルの剣気を飛ばし、双魔はそれを全て空間魔術でいなしている。


 「”紅氷剣ティルフィング乱舞サルト・グラディオ”!」


 双魔もただ逃げているわけではない。紅の剣気でティルフィングの分身を十数本作り出し、アンジェリへと射出する。


 「フッ!!」


 パリーーンッ!カラカラカラ…………


 しかし、アンジェリカはそれを全てこともなげにデュランダルの一振りで砕き、打ち落とす。既に同じようなことの繰り返しが五分ほど続いている。


 『こっ!これは何という激しい攻防!!伏見さんが“滅魔の修道女”を相手に互角の闘いを繰り広げているッスーーーーー!!』

 『流石でありますなー。伏見殿は一流の魔術師。世界の頂に立つ遺物使いに魔術で対抗するとは―。いやはやー……』

 『そうね……でも、あんな魔術見たことがない……伏見くんはどんな手を使っているかしら?』


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーー!!!


 キャー――――――!伏見せんせーーーーい!!


 シスター・アンジェリカーーーーーーーーー!!


 アメリアたちの声と観客たちの歓声が双魔の耳に届いた。この戦況に慣れてきたせいか意識が逸れている証拠だ。


 (集中が足りないっ!)


 『ソーマ!来るぞっ!』


 気を引き締めなおすと同時にティルフィングの警告が飛んできた。視線の先ではアンジェリカが身を屈めていた。突っ込んでくるに違いない。


 「”紅氷の反射盾ルフス・スクートゥム三重トリプリカトゥス”!!」


 アンジェリカがタイルを蹴るタイミングに合わせて分厚い紅氷の盾が三重に双魔との間を隔てた。


 「ハッ!!」


 アンジェリカは吶喊しながら音もなく紅氷の盾を両断したが、双魔はギリギリのタイミングでそれを交わして、また距離をとっていた。


 「逃げるのは上手なようね」

 「“英雄”に褒められると悪い気はしないな」

 『逃げるなどということは騎士の恥だ!感心しないな!正面から来い!我を満足させてみせろ!』

 「生憎、俺は遺物使いの端くれと魔術師をやってるが騎士じゃないんだっ!」

 「貴方、しつこいのね。同じような攻めとも言えない攻めばかり」


 キィィィーーン!パリンッ!


 アンジェリカとデュランダルに飄々と答えて余裕があるように見せているが、双魔に余裕はない。何しろ決め手というものがない。今の双魔とティルフィングには相手を仕留める一撃がないのだ。故に、隙が出て来ないかとちょこまか動いているが、さすがは歴戦の戦士。アンジェリカには一切隙が無い。


 (ソーマ、どうする?)


 ティルフィングも双魔の考えが分かっているので声に出さず、直接脳に問うてきた。


 (まだ、分からない……幸いフォルセティのお蔭でこっちの魔力と剣気が尽きることはないんだ……望みは薄いが持久戦で惜敗に持ち込める可能性はなくもない。それを意識しつつ、搦手をバラまいていくしかない……ティルフィング、頼んだ!)

 (うむ!双魔の思うがままに出来るようにしてやるぞ!)


 「“紅氷の霧ルフス・ネブラ”!」


 双魔はよく使う剣気を霧へと変える“解技”を放った。この“解技”は相手を包囲しつつ攻撃に派生しやすいため非常に有用だ。


 「……また……」


 ブオンッ!


 アンジェリカは僅かに苛立ちを見せながら、豪快にデュランダルを振るって“紅氷の霧”を払った。力強い風圧に紅の霧は地面すれすれを這うように散っていく。双魔はそれを見逃さなかった。


 「“氷結コンゲラーティオー”ッ!!」


 双魔の声に反応し、剣気は霧から氷へと変化する。アンジェリカの足元がほぼ完全い紅氷で覆われた。


 「……これで足止めのつもりかしら?……少しだけ頭に来たわ。あまり“英雄”を舐めると……承知……キャッ!!?」


 アンジェリカは双魔におちょくられていると判断したのか、一気に勝負をつけようと思い切り右足を前に踏み出した。が、それが良くなかった。氷は様々な性質を持つ。その中の一つに「滑る」というものがある。双魔の狙いはまさにそれだったアンジェリカは双魔の目論見通り、思わず可愛らしい声を上げながら体勢を崩してしまった。それを双魔は見逃さない。アンジェリカがどう感じていようと双魔は何処までも真剣に闘っている。


 「“紅氷剣乱舞”ッ!!」


 先ほどの五倍以上のティルフィングの分身を顕現させ、アンジェリカを包囲して射出した。


 「くっ!!こんな手っ!!ハアアアーーーッ!」


 アンジェリカは不完全な体勢から腰をねじり、そのまま勢いをつけて独楽のように身体を回転させた。


 パリンッ!パリンッ!パリンッ!パリンッ!パリンッ!


 「ッ!?」


 紅氷の剣はデュランダルの刃によって次々と砕かれていく。しかし、動きの入りの甘さから全てを打ち落とすことはできなかった。ただ一本だけがアンジェリカのがら空きの背に吸い込まれるように刺さった。


 (効いたか!?…………いやっ……)


 一瞬、双魔はアンジェリカを捉えた手応えを感じた。が、その感覚に価値がないことを双魔はすぐに悟った。


 “紅氷剣乱舞”を捌いたアンジェリカは体勢を整え、堂々とその身体を煌めかせながら立っていた。


 ……カランッ……バリンッ!!


 背中に刺さったはずの紅氷の剣は地面に落ち、アンジェリカの足で踏み砕かれた。


 「……やってくれたわね?流石に私も怒ったわ……そろそろ、沈めてあげる……デュランダル!!」

 『フハハハハハッ!いいぞ!格の違いを見せつけてやれっ!!』

 「ええ! “ローランのラ・シャンソン・歌は高らかにドゥ・ローラン”ッ!!!!」


 双魔への怒りが頂点に達したのか、アンジェリカはデュランダルを天に向けて掲げ叫んだ。


 (あれはっ!?)


 先ほどジョージとの一戦で行使した“解技”だ。全力の一撃を出すための準備に当たる儀式のようなもの。あれを終えてからの一撃は受けきれる可能性が低い。双魔は躊躇いなく動いた。


 (ティルフィング!勝負に出る!)

 (うむっ!)


 「“転移インテクゥアル”ッ!!」

 「っ!!何っ!?」


 天から聖なる力がアンジェリカに与えられる直前。発生した一瞬に満たない隙を双魔は突いた。鋭い声を発すると共に双魔の姿が消え去り、瞬時にアンジェリカの背後に現れた。アンジェリカの背には砕けた紅氷の剣の欠片が付着している。その欠片が輝いていた。


 アンジェリカの視界の端にティルフィングを大上段に振りかぶる双魔の姿が映り込んだ。


 「まさかっ!!」

 「シッ!!!」


 主より授けられし聖光がアンジェリカへと降り注ぐ。その瞬間、双魔は鋭く息を吐き、華奢な祓魔師の背に白銀に煌めくティルフィングの刃を振り下ろした。

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