第489話 ”英雄”との距離

 「ティルフィングッ!」

 『うむ!任せておけ!全力だな!!』


 先に動いたのは双魔だった。普段ならば相手の出方と実力を窺うのだが今回は違う。ジョージとの勝負でアンジェリカとデュランダルがどのような戦闘スタイルをとるのかは何となく分かった。実力も確実にあちらが格上だ。勝てないまでも完全敗北を避けるならまずは自分たちと相手の実力差を可能な限り正確に捉えなくてはならない。故に、初手は全力の一撃だった。


 ティルフィングを正眼に構える双魔の全身から濃密な紅の剣気が盛大に迸る。剣気は舞台の上を瞬く間に覆いつくした。そして……。


 『“紅氷ルフス・封棺サルコファガス絶対零度アブソルートヌッラ“ッ!!』


 パキンッ!


 紅の剣気は双魔の鋭い叫び声に反応し、アンジェリカに殺到すると空気を薄く割るような音とともに、瞬く間もなく巨大な紅の氷山と化した。双魔が発動したのは、ティルフィングの紅の冷気を限界まで濃縮し、相手を瞬時に紅氷へと封じ込める解技だ。これまでの経験からより緻密な剣気のコントロールを習得した末に完成させた双魔とティルフィングが放てる最大の攻撃。効果は単純だがそれ故に威力を最大限に発揮できる。


 これまで幾度も氷像を作り上げてきた。その極致が“紅氷封棺・絶対零度”だ。並の者であれば凍てついた瞬間に絶命するはずだ。しかし、相手は“英雄”と神話級遺物に最も近い伝説級遺物。


 「……さあ、どうだ?」

 『……ソーマ』

 「ああ……分かった。これが……“英雄”か……」


 双魔とティルフィングはすぐに理解した。自分たちの最高の攻撃を受けたアンジェリカとデュランダルは健在だった。


 ピキッ……ピキピキ……パキッ……ピキピキピキピキッ……


 決して破られるはずのない紅の氷山に亀裂が入る。氷はひび割れた場所を中心に振動し、段々と亀裂を大きくしていく。その光景を見て、双魔の背に冷たい汗が一筋伝った。


 ピキッ……ガシャーーーーン!!!


 シャンデリアが床に落ちた音を何倍にもしたかのような轟音を立てて氷山は砕け散った。そして、冷気と空気が交わって発生した紅煙の中から巨大な剣を手にした小柄な人影がカツカツと地面を鳴らしながら姿を現す。


 ブオンッ!


 音を立てて豪快にデュランダルを一閃し、立ち込める紅煙を振り払ったアンジェリカの身体は全身を美しく輝かせていた。


 「“真装アレーティア”……“聖騎士のレ・コール・ドゥ・体躯はパラディン・金剛石エ・アン・ディアマン”……思ったよりも直線的な闘い方をするのね?」


 まさにダイヤモンドの輝き。アンジェリカは瞬時に“真装”を発動し、双魔の一撃を凌いでいた。曰く、英雄ローランはその身に着けた防具が壊れようとも、砕けようとも、自身の身体は無傷。無敵の英雄であったという。“聖騎士の体躯は金剛石”はその伝説を剣気によって再現したもののようだった。


 「……つまり、アンタはノーダメージってわけか」

 『フハハハハハッ!否ッ!今の一撃は見事であった!褒めてやろう我らでなければ確実に倒せていただろう!されど、我らは“英雄”だ!これくらいでは倒れん……だが、多少は効いた。あれほどの冷気は大司教テュルパンとアルマス以上だ!悴(かじか)んでしまってシスター・アンジェリカは全力を出せまい!』

 「……デュランダル、貴方の言うことには従うけどあまり余計なことは言わないで」

 「フハハハハハッ!許せ!だが……この程度で我らには勝てん」


 デュランダルの言葉を信じれば“紅氷封棺・絶対零度”は全くのノーダメージというわけではないようだが、それでも支障はないようだ。アンジェリカが何も言わないのがそれを表している。


 そして、アンジェリカは全身を美しく輝かせたままデュランダルを双魔目掛けて構えなおした。


 「次は私の番。何度も言うけど死なないでね?ハッ!!」

 「ッ!!?」


 アンジェリカは短く息を吐くと一直線に飛び込んできた。デュランダルは巨大な分間合いがティルフィングの二倍は優に超える。一足飛びで双魔の胴を捉える距離まで詰めてきた。


 (これを受けると不味いっ!!)


 普通ならティルフィングでデュランダルを受ければいいだろう。しかし、デュランダルは“聖絶剣”と謳われるほど恐ろしい切れ味を誇る。双魔が直接味わったように纏う剣気も切断に特化している。直接受けてしまえばどうなるか分からない。双魔の取るべき一手は回避一択だった。


 「”紅氷の反射盾ルフス・スクートゥム”!!」


 双魔は瞬時に“解技デュナミス”を発動した。アンジェリカとの間に直径五メートルほどの巨大な紅氷の盾が出現する。本来は相手の攻撃を反射することも目的とするが、デュランダルの単純な斬撃には効果は見込めない。


 「おおッ!!」


 双魔は氷塊の盾を思い切り蹴りつけてアンジェリカに押し込むと共に右斜め後ろに跳躍した。舞台のタイルに足がつく前に“紅氷の反射盾”は音もなく両断された。それだけでなく剣閃にと同時に放出された剣気が体勢を整える前の双魔に襲い掛かってくる。


 「くっ!“虚空の穴ファザイホリィ”ッ!!」


 双魔は咄嗟に左手を向かって来る斬撃の剣気に翳した。すると何もないはずの宙に三つほどの穴が出現し、デュランダルの剣気は全てその穴に吸い込まれるように消え去った。


 「っと!危なかった……」


 双魔が地面に足をついて体勢を立て直すと同時に宙に空いた穴は消滅し、両者の間に存在するものは何もなくなった。


 「……今、何をしたの?デュランダルの剣気が……消えた?」

 「奥の手ってやつだ……あまり人前では使いたくない……なっ!」

 「ッ!」


 キンッ!キィンッ!!


 双魔が何をしたのか理解できずに一瞬動きを止めたアンジェリカに双魔は剣気を氷柱へと変えて飛ばした。アンジェリカは我に返ってデュランダルで氷柱を叩き落としながら後退した。二人の距離は決闘が始まった時と同じくらいに開く。


 『昨日の妙な手応えもアレのせいか……』

 「昨日の?」

 『昨日、奴は我がレーヴァテインとかいう出来損ないの遺物に放った剣気を代わりに受けていたが大きな損傷は追っていなかった。奴は或る程度までのダメージを無効化、軽減化できると見た方がいい』

 「そう言えば、彼は遺物使いなのに魔術師なんですって。“槍魔の賢翁”と同じように……」

 『道理で妙な手管を持っている!フハハハハハッ!面白い!シスター・アンジェリカ、どうすればいいか分かるな?』

 「ええ、力で……ねじ伏せる!!」

 『フハハハハハッ!それでいい!それでこそ我が最高の契約者だ!!』


 アンジェリカは身にさらに強力な剣気を身に纏った。空気を圧迫するほどの威圧感だ。デュランダルと自分の持つ情報を基に目の前の少年自体が油断ならない相手だと評価を改めた。その上で圧倒的に勝ってこその“英雄”だ。


 一方、双魔は苦々しい表情を浮かべていた。


 「ティルフィング、悪い。間に合わなかったとはいえ空間魔術を発動したせいで向こうの油断が無くなった!ここからは全力以上を出す!出せなきゃ死ぬ!」

 『闘いで温存して負ける方が愚かだ!ソーマは正しい!任せておけ!我もソーマが思うがままに闘えるようにしてやるぞ!!我はソーマを信じている!』

 「俺もティルフィングを信じてるよ!行くぞ!」

 『うむ!』


 双魔もティルフィングと息を合わせて迸らせる剣気をより膨大に放出する。揺れる黒銀二色の髪が輝きを帯び、微かに銀髪が増えていることは何を示すのか。決闘は序盤から本格的なものへと突入していく。


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