第443話 二振りの変化
チーン!
結局、エレベーターを待っていたティルフィングとレーヴァテイン、カラドボルグ、ゲイボルグはそのまま乗り込んできて下の階に降りてきた。軽く話を聞くとお茶会が早めに終わったので評議会室に行くところだったらしい。
双魔がボタンを長押ししている間にぞろぞろと降りていく。
「ロザリンさん」
「うん?なに?」
双魔はエレベーターから降りると先を行くロザリンに声を掛けた。
「少し、ティルフィングと話したいことがあります。任せていいですか?」
「………うん、分かった。次は一緒にご飯食べようね?」
「ん、そうですね」
双魔の考えを察してくれたのかロザリンは書類を受け取るとそのまま歩いていった。
「ティルフィング、レーヴァテインも」
「む?どうした、ソーマ?」
「……何ですの?」
二人を呼ぶとティルフィングは振り返ってすぐに、レーヴァテインは少し煩わしそうにしながらもそばに来てくれた。今はいつも通りだ。が、何かあったのは違いない。
「ちょっと付き合ってくれ。準備室に取りに行くものがあるんだ」
「うむ!分かった!」
「どうして私も……」
「ん?ティルフィングと一緒の方がいいだろ?」
「それは……そうですが……お姉様がお嫌でないなら」
(……ん?)
「……我は別に構わないぞ」
「っ!それならば……ご一緒させていただきますわ」
(……やっぱり、何かあったな)
一言二言のやり取りだが、それは今朝までとは全く違っていた。ティルフィングはレーヴァテインを頭ごなしに嫌がっていないし、レーヴァテインもティルフィングにベタベタとくっつこうとしないように我慢している。双魔の知らないうちに二人の関係が進歩している。
「んじゃ、行くか」
「うむ!」
「……ええ」
双魔が歩き出すとティルフィングはいつものように手を握ってくる。レーヴァテインは散歩後ろをついてくる。二人に何があったのか、さらに仲を改善できるのか。双魔は少し期待しながら魔術科棟地下の準備室を目指した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔術科棟の地下に行くには必然的に魔術科棟の中を歩いていかなければならない。双魔がティルフィングを連れている光景は生徒たちにとっては最早見慣れたものだが、今日は少し違っていた。
何せ、ティルフィングとそっくりな色違いの少女が二人の後をついて歩いているのだ。すれ違う生徒や、少し離れてレーヴァテインを見つけた生徒たちが足や手を止めてこちらを見ている。
「…………」
レーヴァテインが向けられる視線に気づかないわけがない。決して誰とも目が合わないように帽子を深く被って、先を行く双魔とティルフィングの足元に視線を固定しているようだ。
(……今は裏から入ろうとしても人がいるしな……一番近い道を選んだんだが……)
双魔は少し足を早めた。早く人目のない準備室に連れて行ってやるべきだろう。
渡り廊下を通り抜け魔術科棟に入る。入ってすぐの階段を使って二つ階を降りる。ここまでくれば生徒はいない。魔術科の講師陣、一流の魔術師たちの巣窟だ。
「……少し不気味ですわ」
レーヴァテインが呟いた。人の目が無くなったおかげで警戒感が緩まったのだろう。そして、レーヴァテインの感想は至極真っ当なものだ。双魔は何と思わないが、一流の魔術師は独特な魔力や雰囲気を持つ。それらが一つのフロアに集結しているのだから、不気味とも言いたくなる。きっと、ロザリンやフェルゼンも同じように感じるはずだ。実際、時々双魔の準備室に遊びに来るアッシュは「いつ来ても、ここって不気味だよね……」と、レーヴァテインとほとんど同じことを言っていた。
「ん、ここだ」
廊下を進んで、自分の準備室の前で立ち止まる。そして、扉のドアノブに手を掛ける。
……カチャリ
一瞬間を置いて鍵が開いた。各準備室はその部屋の主の魔力に反応して開錠される仕組みだ。
「入ってくれ。ソファがあるから好きなところに座っていい」
「うむ!」
「……お邪魔いたしますわっ!」
扉を引いて部屋に入るよう二人に促す。慣れているティルフィングは普通に入っていった。後に続くレーヴァテインは強がっているようだが、恐る恐るなのがバレバレだ。
(……笑ったら不貞腐れるな、また)
ここでレーヴァテインの機嫌を損ねると不味いので双魔は笑いをこらえた。そして、自分も部屋に入る。
「ここのソファーはフカフカだな!」
ティルフィングはL字型ソファーの長い方にボフッと音を立てて飛び乗るように座った。
「……失礼しますわ」
一瞬、ティルフィングのすぐ隣に座ろうとしたレーヴァテインだったが、短く息を吸うとそのままL字の短い方に座った。
(……やっぱり、何かあったんだろうな)
双魔は執務机の椅子に腰掛けながら確信を新たにした。二人共、互いを意識しているようだが、その形が変わっている。
「……んじゃ、早速聞きたいことがるんだが……」
「む?なんだ?」
「………」
ティルフィングは素直に聞き返してきたが、レーヴァテインはだんまりだ。あまり話をしたくはないらしい。
(……さて、どうするか……まあ、ティルフィングだけに聞くよりはレーヴァテインがいるこの場で聞いた方がいいかね?)
後で、「ティルフィングと内緒話をしていた」。などと言われてはたまらない。双魔はそのまま聞いてみることにする。
「サロンで何かあったのか?」
「っ!」
「うむ、スクレップに説教をされてしまったぞ」
「っ!」
レーヴァテインは双魔の問いを聞いて顔色を変えた。見抜かれたのが予想外だったらしい。さらに、ティルフィングが答えると、今度は驚いた顔をティルフィングに向けた。あっさり答えるとは思っていなかったようだ。
「……なるほど、スクレップにな……」
スクレップのことは双魔も知っている。ウッフォが言うには説教臭いらしいが、聡明でその姿も相まって含蓄のある言葉を持っている。
(……言われたのは……十中八九……)
「もっと、お互いのことを考えろ、と言われた。例え話で双魔が我のことを嫌いだと言ったら嫌だろう?と聞かれたのだ。我は嫌だと思った。だから……もう少し、レーヴァテインのことを認められるように頑張ってみたいと思ったのだ」
「……そうか」
「それに……他の皆もレーヴァテインが我の妹なのではないかと言っていた……我には分からないが、ソーマも皆もそう言うなら、もしかしたら本当に妹なのかもしれないと思ったのだ。遺物には姉妹剣なるものが存在することがあるとも聞いたからな。認めたわけではないが……スクレップの言うとおり、もう少し互いを理解しようとした方がいいかもしれない……ソーマはどう思う?」
「………」
(名前で呼ぶようになってる……ティルフィングの意識が大分変ったのか……俺は様子見しかできなかったのにな……スクレップには感謝してもしきれない、か)
ティルフィングの変化と自分の至らなさに思わず言葉を失ってしまう。
「ソーマ?」
「ん、そうだな。俺もそう思う。そこに気づけたのは偉いぞ」
「ムフー!褒められてしまったぞ!」
「……」
ティルフィングは鼻息を荒くして嬉しそうだ。一方、レーヴァテインはいつの間にか俯いてしまっていた。彼女は他のことを言われたのかもしれない。それに起因するか否か、判断はつかないが、彼女なりの葛藤があるのは見て分かった。
「レーヴァテイン、お主もソーマに話をしろ」
「……私は……その……」
思い出したかのようにティルフィングが促すが、レーヴァテインは言葉に詰まってしまっている。やはり、自分から話してくれるようになるのを待つ方がいいだろう。
「無理に話さなくていい……けど、もし話してくれる気になったなら、その時は聞かせてくれると嬉しい」
「……」
「……むぅ」
レーヴァテインの目を見てそう言うと顔を逸らされてしまった。レーヴァテインの双魔への態度に、ティルフィングは不服そうだったが何も言わなかった。姉の方はスクレップの言葉で大分意識が変わった。が、レーヴァテインの境遇を考えると素直になれないのも、万事に警戒するのも無理はない。
「んじゃ、聞きたいことは聞けたし評議会室に戻るかな……レーヴァテイン、また騒がしいところを通るしかない……悪いな」
「……他に道がないなら仕方ないですわ」
「ん、それじゃあ、行こう」
「うむ!」
双魔が立ち上がるとティルフィングもソファーから飛び降り、レーヴァテインも静かに立ち上がった。そのまま廊下に出て、準備室の戸締りをすると歩き出す。来た時と同じようにレーヴァテインは双魔とティルフィングの少し後ろをついていく。
「……鋭いくせに何も聞いてこない……お姉様が私を嫌がっても魔術師さんは怒らない……優しさが……怖いですわ………魔術師さんと話すなんて……でも……」
レーヴァテインのか細い呟きは誰の耳にも届かない。ただ、自らの心に問いを突きつけるだけだった。
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