第442話 やきもちロザリン?
ティルフィングとレーヴァテインが和解に一歩踏み出した頃。そんなことは露知らずな双魔は会議を終えて大会議室を後にするところだった。そこに、宗房が肩を組んできた。
「……何だよ」
「イタリアを出る時に学園祭に厄介な奴が招待されるって小耳に挟んだ。お前には伝えておいた方がいいと思ってな」
耳元で囁く宗房の声と表情は真剣そのものだった。双魔もすぐに切り替える。
「……誰だ?」
「十字聖協会の聖絶剣と滅魔の修道女」
「っ!……”英雄”ペアが?何でそんな奴らが……」
宗房が口にした名を聞いて双魔は驚愕した。聖絶剣と滅魔の修道女は遺物協会が定める遺物使いの位階の内、世界で十人にしか与えられない”英雄”の称号を保持する遺物と遺物使いのペアだ。
最高峰に立つ十のペア。その中でも宗房の言うペアは性格に難ありと言われている。会ったことはないが、あまり顔を合わせたくない相手だ。
「毎年、学園祭には著名なゲストが来るからな。その枠だろう……人選を学園長がしたのかは分からん」
何やら含みのある言い方だ。キナ臭さ話あるものの、それ以上は掴んでいないということだろう。
「……分かった。気をつける」
「ああ、気をつけろ。貸にしとくぜ!カッカッカ!」
宗房は一笑いするとそのまま会議室を出ていった。そして、入れ替わるように今度はロザリンがローブを引っ張ってきた。
「後輩君……お腹減った………」
ぐー………………
双魔の買ってきた菓子パンを一つ残らず食べきったロザリンだが、空腹を満たすくらいにしかならなかったらしい。腹の虫が聞き慣れた可愛い鳴き声を上げている。
「ロザリンさん、もう少し我慢してください。昼飯はアッシュたちに報告してからですよ」
「……後輩君の意地悪……」
「意地悪って……」
「あの!そ、双魔さん……」
双魔とロザリンがいつも通りのやり取りをしながら扉を出ようとしたところにクラウディアが声を掛けてきた。
「ん?どうした?ああ、そう言えば何も言わないで薬貰いに行くのを止めたのは悪かった……ごめんな?」
「い、いえいえ!その……双魔さんが健康な方が私も嬉しいですから!それで……その……えーと……」
クラウディアはワタワタ手を振って見せたが、そのまま言葉に詰まってしまった。何か言いにくいことでもあるのだろうか。双魔は何も言わずにクラウディアが言い出せるのを待つ。
「……そ、その……あの……ううう……」
「……クラウディアちゃん」
「っ!……はいっ!双魔さん!」
唸りはじめたクラウディアの名前をロザリンが呼んだ。たったそれだけだったが、二人は通じ合っているのか、クラウディアは落ち着きいたようだ。
(………何か話したのかね?)
もしかしたら、双魔と宗房が席を外されていた間に何か話したのかもしれない。少し気になるが、今は真剣な顔のクラウディアに返事をする方が大事だ。
「ん?何だ?おっと」
クラウディアは突然手を伸ばしてきたと思うと、双魔の右手を両手で掴んできた。
「その……学園祭、頑張りましょうね!!」
クラウディアはギュッと双魔の手を握った。分厚い瓶底眼鏡の奥から気迫の籠った眼差しを感じた。
「……ん、頑張ろうな。見回りも一緒の時間もあるだろうし、頼りにしてるぞ?」
双魔は左手をクラウディアの頭に乗せると髪が崩れないように優しく撫でた。
「…………後輩君、行こう」
「ん、そうですね。んじゃ、クラウディア、またな」
「はっ、はひ……」
クラウディアが変な声を出していたが、これ以上はロザリンの我慢が効かないようだ。軽く手を振って大会議室の外に出る。
エレベーター前に来ると、丁度止まっていたのでロザリンと二人で乗り込む。壁によりかかるロザリンの顔が目の前に現れる。理由は分からないが何処か不満げだ。
「ど、どうしたんですか?もう空腹が限界ですか?」
「……それもあるけど、ちょっと違う」
「……違うんですか?」
「うん、違う。後輩君」
「はい」
「私の頭も、撫でて、いいよ?」
「……なるほど」
如何やらクラウディアが頭を撫でられているのを見て羨ましくなったらしい。撫でて欲しいというなら断る理由もない。双魔はロザリンの頭に手を伸ばすとそっと髪を撫でた。
「んっ……」
「……」
ロザリンは瞼を閉じると気持ち良さそうに身体を少し震わせた。予想したより色っぽい声が出てきたので双魔は思わず顔を逸らした。
「もう少し強くして欲しい」
優しく撫でられるのは物足りないのかロザリンがおねだりしてきた。仕方がないので顔を逸らしたまま耳元から襟足の方に手を差し込んで数腰強めにわしゃわしゃ撫でてやる。
「んっ……んん……後輩君、上手」
「そうですか」
今度は満足してくれたらしい。ホッとした双魔だが、来たエレベータに確かめもせず乗ってしまったこと。ロザリンがエレベーターに乗ってすぐにおねだりしてきたことであることを見過ごしていた。
チーン!
エレベーターが目的の階に着いた。人はいないだろうが万が一がある。双魔は手を離そうとしたのだが……。
「ダメ、もうちょっと」
「ロザリンさん!誰かいるかもしれませんから……」
ロザリンに手首をがっしり掴まれてしまった。膂力はロザリンの方が遥かに上だ。こうなっては容易には話してもらえない。
(……頼むから誰もいないでくれ……)
そんな感じでもたついている間に扉が開いた。双魔は心の中で願った。が、その願いは叶わなかった。
「……ソーマ?」
そこには何故かサロンでお茶会をしているはずのティルフィングが立っていた。その後ろにはレーヴァテインが俯き加減で立っている。
「……ティルフィング!?……どうして……っ!まさかっ!?」
慌てて視線をティルフィングの上に遣る。すると、あろうかとかエレベーターは下の階ではなく上の階に向かっていた。双魔は下に降りて評議会室に向かうつもりが、上に昇ってサロンの階に来てしまったのだ。
「ティルフィング、どうしたの?誰か乗ってたの?って!あらあらあら!」
「ヒッヒッヒ!お前ら、こんなところで大胆だな!」
双魔が動揺しているうちに後からやって来たカラドボルグとゲイボルグにも見つかってしまった。二人共おもちゃを見つけたような表情だ。
「あっ、ゲイボルグ」
「ヒッヒッヒ!ロザリンやるじゃねえか!その意気だ!」
「うん?うん、頑張る」
背後の遺物たちに気づいたロザリンは双魔の手首を離すとくるりと振り返った。何を応援されているのか分かっていないようだが、頷いている。
「双魔もやるわねー!男ってのはやっぱり少しくらい強引じゃないとダメよ!」
カラドボルグもテンションが上がって身体をくねらせている。
しかし、ティルフィングの様子は違った。いつもはすぐに抱きついてくるはずなのに抱きついてこない。すぐ近くに立っているレーヴァテインも気になった。ティルフィングはくっつかれるのが嫌なので、幾ばくかの離れているはずなのに、今はすぐ後ろに立っている。
(………何かあったか……早めに話を聞いといた方がいいな……)
二人の異変を感じ取り、双魔はすぐにそう判断した。
(っても、この状況じゃ無理か……どうするかね?)
きっとティルフィングと二人で話をした方がいい。双魔はどうしたものかと思案を巡らせるのだった。
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