第417話 いざ、スマホショップへ

 「後輩君、考え事?」

 「っ!ああ、すいません。何でもないです……」

 「そう?」


 昨日のことを思い出してボーっと歩いていたところ、袖を引かれたので意識を戻すと視界一杯にロザリンの顔が映り驚いた。相変わらず、ミステリアスかつクールな美人だ。先ほどのナンパ男たちが声を掛けたくなるのも当然だろう。


 「なに?」

 「いえ……ロザリンさんは……綺麗だと思っただけです……」

 「……そう」


 思わず見つめてしまったので、心の内を正直に言う。短い言葉だったが、表情は何となく嬉しそうに見えた。


 「もうすぐ着く?」

 「ええ、そこを曲がればすぐに」


 目的地の近くで待ち合わせをしたおかげですぐに到着した。双魔とロザリンの目の前に現れたのはスマートフォンを専門に取り扱っている店だった。


 双魔に見事?チェスで?勝利した?ロザリンの頼み事とは、「スマートフォンを契約しに行くから一緒に来て欲しい」と言うものだった。曰く、機械に疎いロザリンは一人で行かせるわけにはいかないというゲイボルグの提案から考え出したのが、双魔に一緒に行ってもらう案だったらしい。文句はないが原因はやはり、ゲイボルグだったということだ。


 「それじゃあ、行こう」

 「そうですね」


 ロザリンは店の看板を数秒見上げてから、スタスタと店に入っていく。腕を離してもらえないので、双魔も同時に入店する。


 「いらっしゃいませ!本日はどのようなご用件でご来店ですか!?」


 入店するや否や、社員証を首に掛けたショップ店員の若い女性が出迎えてくれた。店内を見渡すに今は空いているようだ。手持ち無沙汰だったのだろう。


 「スマートフォンを買いに来た」

 「ありがとうございます!現在お使いの機種からの変更ということでよろしいですか?」

 「……?」

 「ああ、いや。この人は初めてスマートフォンを持つので、契約からで……」

 「そうでしたか!失礼いたしました。それでは、こちらの席にどうぞ」


 首を傾げるロザリンに双魔は店員さんに助け舟を出す。目的を把握した店員さんはにこやかに席へと案内してくれた。


 席に座ると店員さんは早速、スマートフォンのカタログを数冊取り出して広げて見せてくれた。


 「まずは、お使いになる機種を選んでいただきます!どのような機種がお好みでしょうか?例えば、最新のもので一番人気なのはこちらの商品になっております!高性能カメラに大容量、バッテリーも他の商品よりも大幅に長持ちする商品です!」


 店員さんがそう言って指差したのはテレビのコマーシャルでも宣伝されていた大手会社の最新機種だった。双魔の記憶ではゲイボルグがこれと同じものを持っていたはずだ。


 (……神話級遺物……しかも犬の姿の遺物が最新鋭のスマートフォンを使いこなすとは……謎だな)


 「ロザリンさん、どうですか?」

 「…………」


 一方、その契約者は最新機種ではお気に召さないようだ。店員さんはロザリンの反応が判別できないせいでニコニコと笑みを浮かべて待機状態だが、双魔には「難しそう」というロザリンの気持ちが何となく分かった。


 「最新のものでもう少し機能がシンプルな機種はありますか?」

 「シンプル!なるほど!かしこまりました!シンプルです、と……こちらは如何でしょうか?」


 次に店員さんがお勧めしてくれたのはこれまた大手会社の最新機種だった。こちらは双魔が提案したようにデータ大容量、バッテリー長持ち且つ、余計な機能が付いていない自分でカスタマイズしていくタイプの機種だった。初期の状態のまま使うならロザリンでも問題なく使えるだろう。


 「これなら、皆と連絡とる分には問題ないし、操作も簡単だと思いますけど……ロザリンさん?」

 「うーん……なんかちょっと違う……」

 「左様ですか……」

 「それなら、もう少しカタログを見てみますか」

 「かしこまりました!そうしましたら、お飲み物を用意いたしますね!紅茶とコーヒー、どちらにいたしましょうか?」

 「紅茶がいい」

 「紅茶を二つで」


 ロザリンの無表情に店員さんが耐え切れなくなりそうなのを見越して双魔が一旦、やり取りを切った。店員さんはホッとした表情を見せて下がっていった。


 「…………スマートフォンって難しいね……」


 ロザリンはカタログをペラペラ捲りながらポツリと呟いた。書類仕事も卒なくこなし、気遣いもできるロザリンも機械はどうしても苦手なのだ。


 「ゲイボルグは何か言ってなかったんですか?こういう機能があるといいとか……」


 なんだかんだで、ロザリンには世話焼きなゲイボルグは今回も何かアドバイスしているのではないかと思ったのだが……


 「ううん、困ったら後輩君を頼れって」

 「……そうですか」


 まさかの丸投げだった。しかも、エキスパートである店員ではなく双魔に、だ。らしいと言えばらしいのだが、はっきり言って双魔も困る。


 (……スマートフォンなんて俺も詳しくないんだがな……)


 「…………」

 「……何ですか?」


 心の中でニヤニヤと笑うゲイボルグの顔を思い浮かべてため息をついていると、ロザリンにジッと見られていることに気づいた。


 「後輩君のスマートフォン、見せて」

 「俺のですか?いいですけど……」

 「うん、ありがとう」


 言われるがままにポケットからスマートフォンを出してロザリンに手渡した。双魔のスマートフォンは持ちやすさとデータ容量、丈夫さで選んだ流行りのスマートフォンよりも幾らか武骨でシンプルなモデルで、色は黒だ。そのスマートフォンをロザリンは細い指でクルクルと回しながら見ている。


 「お待たせいたしました!お気に召す機種はございましたでしょうか?」


 そこにトレーに紙コップを二つ乗せた店員さんが戻って来た。


 「これと同じスマートフォンがいい」


 そして、店員さんが二人の前に紙コップを置き、椅子に腰掛けた瞬間、ロザリンは持っていた双魔のスマートフォンをズイッと出した。


 「こ、こちらの商品ですか?」

 「ロザリンさん、これ、少し古い方ですよ?あるか分からないですし……違う機種の方が……」

 「これがいい。ある?」


 双魔が言う通り、最近機種から二世代ほど古い機種なのでこの店で取り扱っているとは限らない。止めようとしたのだが、ロザリンの意志は固いようだ。その意思を読み取り、商機と見たのか店員さんは座ったばかりにもかかわらず、すぐに立ち上がった。


 「かしこまりました!そちらの機種の在庫がないか探して参ります!一応、確認のためにお借りしてもよろしいでしょうか?」


 ロザリンに「いい?」と首を傾げられたので、双魔は頷いた、それを見てロザリンは店員さんにスマートフォンを手渡した。


 「失礼いたしますねー……確かに少し前に発売された機種ですね……在庫がないか確認してまいりますね!少々お待ちください!あ、こちらお返しします!ありがとうございました!」


 店員さんは双魔にスマホを手渡すと在庫を探しに再び店の奥へと消えていった。


 「……俺のと同じので良かったんですか?」

 「うん、後輩君と一緒のがいい」


 そう言ったロザリンは何故か少し自慢げでとても機嫌がいいようだった。


 「……ロザリンさんがいいならいいですけど……」


 ロザリンの意図はよく分からなかったが、機種が決まり、スマートフォン契約の第一関門を乗り越えた双魔はホッと一息つくのだった。

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