第404話 双葉の子の正体

 「……坊ちゃま?このようなこと、いつの間に……私は旦那様と奥様にどのようにご説明すれば良いとおっしゃるのですか!?」

 「いや、母さんは意外と初孫だって喜びそうな気もするが……」

 「坊ちゃま!」


 誤解が解けずに左文は大分先走っているようだ。思わず出した一言が不味かったのか左文から笑顔の仮面が外れて怖い顔に変わった。無理矢理にでもこの雰囲気から脱して説明をしなければならない。双魔も自分の腕の中でにこにこしている女の子の正体を確かめたいのだ。


 「坊ちゃま?早く左文にご説明を……」

 「……ほっ……ほほほほほほ!」

 「鏡華様?」

 「…………」


 左文が双魔に詰め寄った瞬間、泣いていたはずの鏡華が突然笑い声を上げた。左文が驚いて鏡華の方を向いた。双魔も同じく鏡華を見る。すると鏡華は顔を隠していた袖を下げてケロッとした笑みを見せた。


 「左文はん、落ち着き。安心してええよ、その子は双魔の子とちゃうから。せやろ、双魔?」

 「……ん、ん」


 鏡華に確認された双魔は二度深く頷いた。一方、左文は双魔と鏡華の顔を見比べて混乱している。


 「きょ、鏡華様?それでは一体……」

 「詳しい話は座ってしようか、イサベルはんも来てはるし」

 「え?あ、これはイサベル様、気づきませんでした!申し訳ございません!」

 「え?あ、はい!大丈夫です!こんにちは!」

 「どうぞお上がりになってください!」

 「お、お邪魔します!」


 鏡華に声を掛けられて我に返ったイサベルとイサベルに気づいた左文がペコペコと頭を下げ合っている。


 「ティルフィング、行くぞ」

 「うむ!」

 「ぱぱー!」

 「ん、よしよし……」


 そんな二人を横目に双魔は靴を脱いでリビングへと向かった。修羅場の空気の真っ只中にいたせいで疲れた。さっさと座りたい気分だ。そんな気も知らないで女の子は嬉しそうだ。


 リビングに入ると浄玻璃鏡が薄く目を開けてこちらを見てきたがすぐに瞼を閉じてしまった。


 椅子に座ると鏡華が双魔の前に立った。


 「…………」


 鏡華を見て女の子は怯えたように双魔の胸に顔を押しつけて動かなくなってしまった。


 「やっぱり、怖がられてるみたいやね」

 「ん、そうなのか?ってそれよりも……見たな?」

 「ふふふっ、双魔はお見通しやね。うん、見たよ。やから、双魔の子じゃないんは最初から知ってた」


 そう言って悪戯っぽく笑って見せる鏡華を見て双魔は背もたれに身体を預けた。気疲れがさらに増した気がする。


 「知ってるなら最初から言ってくれ……そうすればイサベルと左文がああなることもないだろ?……はあ……」


 混乱したままキッチンでお茶を入れる準備をする左文とそれを手伝うイサベルを見て双魔はため息をついた。


 「……そないなこと言われても……うちやって最初は分からんかったし……双魔の子一番に授かるんはうちやって思ってたんやから……少しは悪戯したって……」

 「ん?何か言った?」

 「何も言ってへんよ!」

 「?」


 顔を逸らせてぼそぼそと何か言ったような気がしたのだが本人が何も言っていないというのならそうなのだろう。


 そんなことを話していると左文がお茶を用意してキッチンから出てきた。


 「……こほんっ!取り乱してしまって申し訳ございません。イサベル様もありがとうございます。どうぞお座りください」

 「あっ、はい」


 咳払いをして平静さをアピールしながら左文はお茶を並べていく。イサベルもおずおずと双魔の隣に座った。


 「…………」


 すると、双魔の中でにこにこしていた女の子がじーっとイサベルを見つめはじめた。ぴょこぴょこと頭の双葉が揺れている。


 「ん?どうした?イサベルが気になるのか」

 「……え?私?」

 「…………」


 双魔に言われて女の子を見るとばっちり目が合った。女の子はくりくりとした大きな目でイサベルをじっと見つめている。


 (…………かわいい)


 小さな子供というのは得てして愛らしいものだ。女の子の正体が何なのかはまだ聞いていないが見つめられていると表情が緩んでしまう。


 「……んー!」

 「え?え?」

 「ん、イサベルのことが気に入ったみたいだな。ほれ」

 「え?あっ!双魔君!ちょっと」


 二人で見つめ合っていると女の子がイサベルに向かって手を伸ばしてきた。双魔はそれを見ると女の子をイサベルに差し出した。突然差し出されたものだからイサベルは女の子を受け取ってしまった。


 「……えへー」


 イサベルの膝の上に移った女の子はペタペタとイサベルを少し触ると笑ってイサベル人抱きついた。


 「……えぇ?」


 懐かれて少し混乱するイサベルには二つの異なった視線が向けられていた。


 「む?イサベルにはすぐ懐いたな?何かあるのか?」


 不思議そうなティルフィング。


 「……うちには懐かれへんのに……」


 少し悲し気で悔し気な鏡華。


 「……ズズズッ……ふー、落ち着いた。さて、何から話すかな……ん?鏡華、座らないのか?」

 「…………」


 鏡華の気持ちを知ってか知らずにか双魔はお茶を啜ると鏡華に座るように勧めた。鏡華は少しムスッとしながら座った。


 「さて、この子のことだが……結論から言うと…………」


 女の子以外の全員の視線が双魔に集まった。誰かがゴクリと喉を鳴らすのも聞こえた。ソファーに座っている浄玻璃鏡も薄目でこちらを見ている。


 「……まあ、樹木の精霊だ」


 双魔がさらっと言った答えに一瞬、部屋の中の時間が止まったように緩やかになった。イサベルの膝の上の女の子だけが不思議そうに頭の双葉をぴょこぴょこ揺らしていた。


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