第405話 箱庭にご招待

 「「精霊!?」」

 「……やっぱり」

 「おお!精霊!初めて見たぞ!これが精霊か!」

 「っ!」


 双魔の言葉を聞いて四人の視線が女の子に向いた。注目されて吃驚してしまったのか女の子はイサベルの胸に顔を押しつけて隠してしまった。


 鏡華は浄玻璃鏡の力を行使してどのような存在なのかは判別していたらしいので納得したように頷いているが他の三人は驚いていた。


 ”精霊”とは簡単に言えば自然物の魂が形をとったものだ。よく知られているのは虫の羽を背に生やした小さな人間に近い姿をしたものだが、他にも獣の姿をとるものや異形の姿をしたものなど様々なものがいる。精霊と契約を結んで魔術を行使する精霊魔術師と呼ばれる魔術師も存在する。つまり、精霊自体はそう珍しくないのだ。が、イサベルと左文が驚いているのには理由があった。ちなみにティルフィングは初めて見るらしき精霊に興味津々なだけだろう。


 「……この子が……精霊…………」

 「……そう言えば昔お会いした木霊と雰囲気が似ていますね」


 二人が驚いたのは双魔の言う精霊が女の子、つまり人間の姿をしているという点だった。精霊は自然物であるということは説明した人間の姿をとれるということは最上位の精霊であることを示している。


 太古の神々も言い方を変えれば精霊と言ってもいい。神々は人と同じ姿をしている。つまり、今イサベルに抱かれている女の子は神霊の一種と言っても過言ではないのだ。


 左文が言っている”木霊”は精霊の中でも特に樹木の精霊を指す。左文は何処かの神社で木霊に会ったことがあるのだろう。多くの場合はこの子と同じように幼子の姿をとっている。


 「ほれ」

 「……ぱぱー」


 双魔が両手を開いて呼び掛けてやると女の子はイサベルの膝から再び双魔の膝の上に戻った。今度は双魔にギュッと抱きついている。見られるのは慣れていないようだ。


 「……それで?その子が精霊やってのは分かったけど……どうしてそない呼ばれ方されてるん?」

 「そっ、そうね!どうして双魔君の事お父さんって呼んでるのかは気になるわ……双魔君?」

 「……坊ちゃま、もしや……」


 鏡華とイサベルがもっともな質問を投げかけてくる一方、左文は何かを察したようだった。


 「ん、左文が今考えたことが正解だと思うが……まあ、ある意味では俺がこの子の父親ってのは間違っちゃ いないんだな……これが…………って……二人とも?」


 双魔がそう言いながら親指でこめかみをグリグリと刺激すると鏡華とイサベルがほとんど同時にずいっと顔を近づけてきた。二人とも目が笑っていない。あまりの迫力に双魔は背筋が寒くなった。


 「双魔?」

 「双魔君?」

 「……な、何だ?」

 「「早く説明して?」」

 「あ、ああ……今するから……そんなに怒らないでくれ……」

 「「別に」」

 「怒ってへんよ」「怒ってないわ」


 理由はいまいち理解できないのだが二人が起こっていることは双魔には分かる。早く明瞭な説説明を為さねばならない。そこであることを思いついた。


 (……この際だからティルフィングも一緒に二人を紹介した方がいいか……話すこともあるしな……ん、それがいい)


 「双魔?」

 「双魔君」


 考えをまとめている僅かな時間でまた二人が顔を寄せてきた。これ以上待たせては嫌な予感がする。ちらりと視線を下に送ると不穏な空気を察知吸したのか女の子の双葉が細かく震えていた。


 「分かった。すぐに説明する。左文、少し留守を頼む」


 双魔は女の子をしっかりと抱くと立ち上がった。


 「留守って……」

 「……何処かに行くの?」

 「はい、かしこまりました」


 双魔の意外な言葉にきょとんとする鏡華とイサベル。一方、左文は双魔のいうところが分かっているのか普通に返事をした。


 「ソーマ、我も一緒に行ってもよいのか?」

 「ん、もちろんだ」

 「うむ!」


 双魔がくしゃくしゃと頭を撫でてやるとティルフィングは嬉しそうに双魔に抱きついた。


 「って……訳だ。鏡華とイサベルも行くぞ。よっ……っと!」


 そう言うや否や双魔は身体の向きを変えて腕を真一文字に振った。するとリビングの真ん中の何もなかった空間に人一人と同じくらいの光の長方形、扉のようなものが出現した。


 「そ、双魔君?これって……」

 「この光の扉?を潜ると何処かに転移するん?」

 「ん、そう言うこった。それじゃあ、ついてきてくれ」


 そう言うや否や女の子を抱きかかえたままティルフィングと一緒に光の中に吸い込まれていった。


 「「…………」」


 鏡華とイサベルは顔を見合わせた。双魔が希少中の希少、空間魔術を行使することは既に知っている。頷き合うと二人も光の中に足を進めた。鏡華は楽しそうだがイサベルは恐る恐るといった感じだ。


 そんな二人の後姿もすぐに光の中に消えていった。


 「いってらっしゃいませ」


 次の瞬間、左文の見送りの言葉に合わせたように光の扉は霧散した。リビングには左文と浄玻璃鏡の二人だけが残る。


 「…………」


 浄玻璃鏡は特に何も言わなかった。鏡華の心配はしていないのだろう。仮に心配していたとしても表情には出ないだろうが彼女は双魔を信頼している。故に主の心配はしていない。左文にはそう見えた。


 (さて、お買い物に行くにはいい時間ですね……今日はイサベル様も夕餉をお召し上がりになるやもしれませんし、少し多めに買っておいてもいいかもしれませんね)


 「……出……掛け……る……か?」


 左文が夕飯のことを考えながら割烹着に手を掛けると浄玻璃鏡が口を開いた。そちらを向くとうっすらと目が開いていた。


 「ええ、夕餉の買い出しに行こうかと」

 「左……様……か……留守……は……預……か……ろ……う………」

 「ありがとうございます。もし、坊ちゃまたちがお帰りになったら左文は買い物に出かけたとお伝えください」

 「……」


 浄玻璃鏡は返事の代わりに微かに首を縦に振った。


 「それでは、よろしくお願いしますね」


 左文は脱いだ割烹着を畳んで置くと買い物かごと財布を持って玄関へと向かった。


 (……夕餉の献立はどのようにしましょうか……)


 思考のほとんどは既に夕飯のメニューについてになっている左文であった。


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