幕間『引っ越し?隠し子!?秘密の箱庭!!?』

第400話 引っ越しは突然に

 弥生も既に終わりが近づき花の季節移ろう頃、ブリタニア王立魔導学園近くの学生寮からは甘い香りと共に耳心地良い歌声が聞こえていた。


 「ラ~ラララ~♪ルラルララ~♪」


 歌声の主は紫黒色のサイドテールを揺らしながら片手にボウルを抱え、もう片方の手で持った泡立て器でシャカシャカ何かをかき混ぜている。ボウルの中身は桜色のホイップクリームだった。


 オーブンレンジの中ではスポンジがイサベルの機嫌に合わせるように膨らんでいる。


 昨日、双魔のアパートに遊びに行った時にお土産として桜のシロップやペーストを貰ったのだ。桜と言えば双魔の故郷、大日本皇国で最も有名な花だ。いつかイサベルも自分の目で日本の桜を見て見たいそう思った。


 イスパニアにも似たような花が綺麗に咲くがそれはアーモンドの木の花だ。香りも桜とは違う。


 (いつか私も日本に……そっ、その時は双魔君のご両親にご挨拶を…………私……大丈夫かしら……もしお気に召してもらえなかったら……)


 乙女心は何とも揺れやすい。ご機嫌な様子だったサイドテールも元気がなくなって動きが止まる。


 ブーッ!ブーッ!ブーッ!


 そんな時だった。キッチンの小さな棚の上に置いてあったスマートフォンが振動した。誰かから電話が掛かって来たらしい。


 「っ!?だ、誰かしら?ちょっと待って……」


 イサベルは手に持っていた道具を置くとささっと手を洗って、タオルで手を拭うとスマートフォンを手に取った。


 画面には「お母様」の文字。電話を掛けてきたのは母であるサラだった。すぐに画面をタップして耳に当てる。


 「もしもし?お母様?」

 「声を聞く限りだけれど、元気そうね。ベル」


 サラは夫、イサベルの父であるキリルが仕事でいない時にはよく電話を掛けてくる。いつも大した要件はない。けれど、スマートフォンの向こうから聞こえてくる母の声は普段より少し楽しそうだった。


 「ええ、元気よ。今日はいつもの電話?それとも何か用事?」

 「あら?どうしてわかったのかしら?」

 「いつもより楽しそうだから」

 「そう、まあ、隠すつもりもないから構わないわ。それじゃあ、早速用件を言うわ」

 「ええ」

 「ベルが今住んでいる寮だけど、近日中に取り壊しが決まっているわ」

 「……え?」


 サラがさらりと言ったことにイサベルは耳を疑った。今いるこの寮が無くなるなど初耳だ。自分も知らないのに何故母は知っているのだろう。そんなことはさておき壊される理由に見当がつかない。比較的新しい建物だし、快適に暮らしているのだ。やはり信じられない。


 「ほ、本当に?どうして!?」

 「やっぱり、まだ知らなかったみたいね。詳しい話は知らないけれど、水道管に問題があるとか言っていたかしら?急な話ね」

 「そ、そんな他人事みたいに!私はこれからどこに住めばいいの!?」


 ガチャッ!!


 電話の向こうの母相手に驚きと動揺からイサベルが少し大きな声を出すと同時に玄関のドアが開き、出掛けていたはずの梓織が慌てた様子で飛び込んできた。


 「ベルっ!聞いた?この寮が取り壊し……って、電話中……」


 梓織はイサベルがスマートフォンを耳に当てているのに気づくと口に手を当てた。そうしていなければ驚きで声が出てしまうのだろう。


 しかし、これで母の話が現実であると分かった。本当に今住んでいる寮は取り壊しになるようだ。


 「用件はベルが住むところについてよ。もうこっちで手配してあるから。後、少ししたら引っ越し先の住所と書類が入った封筒が届くはずだから。ああ、早い方がいいと思って引っ越し業者も手配しておいたわ。明日、引っ越すように、いいわね?」

 「そっ、そんなに急に言われてもっ!」

 「きっと気に入ると思うわ。ああ、引っ越しが済んだら今度遊びに行くから。それじゃあねっ!」

 「あっ、ちょっとお母様!?お母様!?」


 ツー、ツー、ツー…………


 幾ら呼んでも返事は返って来ない。サラは伝えることだけ伝えてさっさと通話を切ってしまった。


 (……最後は声が弾んでた……きっとお父様が帰って来たのね……)


 「……って!そんなこと考えてる場合じゃないわ!」

 「っ!?吃驚した……突然大きな声出さないで欲しいわ……」

 「ごっ、ごめんそれよりも……この寮が壊されるって」

 「そう!それよ……突然過ぎて困ったけどあと一週間くらいあるみたい。ほら」


 そう言うと梓織は手に持っていた紙をイサベルに手渡した。紙に目を通すと母が電話で言っていたこととほとんど同じことが書いてある。最後には謝罪と共に学園長のサインが書いてあった。もし、住む場所に困った場合は責任を持って手配してくれるらしい。


 「それで、ベルはどうするの?住む場所がなくなってしまうけれど……」

 「それはお母様が手配してくれるって……ただ、引越しの業者が明日来るって……梓織は?」

 「……急な話ね……まあ、イサベルが決まっているなら私はアメリアと愛元の部屋に入れてもらおうかしら。あそこは元々三人部屋だし……ベルと離れ離れになるのは少し寂しいけれど……ああ、そう言えば手紙が届いてたわよ?はい」


 梓織はもう片方の手に持っていた手紙もイサベルに渡してくれた。白い封筒にガビロールの封蠟が施してある。さっき母が言っていた手紙に違いない。


 イサベルは手紙を受け取ると机の上からペーパーナイフを持ってきて封を開けた。中には母の字で書かれた短い手紙の何枚かの書類が折りたたまれて入っていた。


 紙を丁寧に取り出し、一枚目の書類に目を通す。そこには住む場所の住所や建物の外観の写真が掲載されていた。


 「……えっ!?」

 「どうしたの?ここがイサベルの引っ越し先……あら?ここって……」


 それを見たイサベルは思わず目を丸くした。イサベルの反応を見た梓織も書類を覗き込む。そこには見覚えのある建物の写真。


 チーン!!


 驚きの余り立ち尽くすイサベルを正気に戻すかのようなタイミングでオーブンがケーキの焼き上がりを知らせるのだった。

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