第376話 死にゆく神の償い

 双魔はゆっくりと唇を離すとレーヴァテインの顔を改めて覗き込んだ。心なしか表情は穏やかになっているようだったが目は覚まさない。


 (……ふう……まあ、ここで起きて暴れられても困るしな……無事に済んでよかった……)


 「……む?見えるようになったぞ!?ソーマ、終わったのか!?」

 「ん、何とかな」

 「そうか!……それにしてもどうして見えなくなったのだ?」


 フォルセティが手を離したことで視界を回復したティルフィングは双魔に抱きつくと不思議そうに首を傾げた。


 「……こうしてみるとやっぱりティルフィングにそっくりだな…………」

 「……む……うむ……確かに我に似ているな……鏡を見ているような少し不思議な気分だぞ」

 「……ハハハッ……本人公認ってことかな?……何はともあれレーヴァはこれで安心だ……君たちと仲良くしてくれることを願っているよ……」

 「…………ああ、善処するよ。ティルフィング」

 「むぅ……ソーマが言うなら仕方ないな……我も善処する」

 「……フフッ……レーヴァはティルフィングを慕ってるから……嫌がらずに優しくしてあげて欲しい……さて、一つ目の頼みは無事叶えてもらったからね……二つ目の話をしようか」

 「……まあ、そんなこったろうと思ったが……」

 「ハハハッ……お見通しかな?流石、真実を司る神だね……」


 ロキの笑顔を見た双魔は片目を閉じ。こめかみ親指でグリグリと刺激して心底面倒臭そうな表情を浮かべたがここまで来れば頼みごとの一つも二つも変わらない。


 「……まあ、とりあえず聞く。何だ?二つ目の頼みってのは」

 「双魔、君は話が分かるいい男……いや、今はフォルセティの姿だからいい女かな?」

 「……そういうのはいいからさっさと言え」

 「釣れないな……まあ、死に際の頼みだ内容はふざけたものじゃないから安心していいよ……私はこの”黄昏の戦場ヴィーグリーズ”に籠ってから幾人かの人生を歪みに歪めた。まあ、その内のほとんどは分不相応な待遇を望んで自滅したも同然だけど……一人だけ、そうじゃない者がいた。本来ならば当代一の鍛冶師になっていただろう男……」

 「……まさか……」

 「そう、千子山縣だ。気づいていると思うけれど、彼は私の意志によって狂った。悪いことをしたとはまあ、思っていないけれど、彼が望むならその罪は赦されて然るべきだ。君ならそれが出来るはずだ」


 ロキは真っ直ぐに双魔を見つめた。千子山縣の身柄を自由に出来る人物、”最強の言霊使い”土御門晴久つちみかどはるひさとの間に繋がりがあるのを知った上の頼みだろう。山縣に関しては双魔も思うところがある。荒れ果てた屋敷で見た老人の穏やかな狂気の中に隠された悲嘆と迷いを双魔は忘れていなかった。


 「……ん、分かった……出来ることはやってみる」

 「ああ、頼むよ……所業に関しては悪いと思っていないけれど、山縣本人には少し後ろめたさを感じないこともないんだ……狂わせた張本人が謝っていたと伝えてくれるとなお嬉しいかな」

 「…………」


 ロキの言葉に偽りはなかった。されど、その言葉を伝えて神に翻弄された山縣本人はどう思うだろうか。それを慮ると双魔は頷くこと出来なかった。


 「……フフフフッ……誠実だね…………君は……ああ、そうだ……これを機に……君はフォルセティへの転身……神の力を……これまでより……簡単に引き出せる……ように……なる……だから……」

 「……なんだ?」

 「……一度……”千魔の妃竜”に見てもらうと……いい……彼女……なら信頼できる……だろう?」

 「分かった……忠告痛みいる」

 「……フフ……当然のことさ……」


 ロキは楽しそうに、そして弱弱しく笑って見せる。その神気は確実に衰退の一途を辿っているにもかかわらず。

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