第343話 ”神の剣”

 「ここは何処だと思っているんだい?」


 ロズールが双魔に投げかけた問いの答え。それはだった。双魔は黒いティルフィングの一撃を妨害するために空間魔術を行使して空中に転移した。そして、そのまま宙を舞いながらロズールと剣戟を繰り広げていたのだ。必死だった双魔はその事実にすぐに気づくことはなかった。


 「……何だ、これは?」


 自覚して自分の身体を確かめてみる。すると身体から白銀の剣気によく似たものが放出されていた。双魔は瞬時に理解した。


 (……これが”神の力”なのか?)


 ロズールが口にした”神としての力”とはこのことだろう。なぜ自分がそんなことになっているのか。双魔には心当たりがあった。それも証左としては確実に信頼できる筋だ。


 『察しの通り、キュクレイン君のバロールの眼は”神器”そして……伏見君、君の心の臓もまた然りじゃ……心当たりはあるじゃろう?』

 『……学園長、自分は…………』

 『うむ、お主は”神器保持者アークホルダー”じゃ、そしてキュクレイン君もな』


 バロールを打倒した翌日、ブリタニア王立魔導学園の長にして世界最高の魔術師、ヴォーダン=ケントリスがそう言っていたのだ。


 「ロズール!アンタ、この力が何か知ってるのか!?」

 「フフフフッ……それはもう少し後のお楽しみさ。今はこの黒の魔剣について話そう……ただし、私とティルフィングについて来れなければ話は終わりだけどねっ!」

 「チッ!何となくそう言うと思った……よっ!!」


 ロズールは再び距離を詰めようと宙を蹴って双魔に向かってきた。双魔は守りには入らず宙を蹴ってロズールへと突っ込んだ。力の正体は分からないが身体は使い方を理解しているように自然に動ける。


 ガキィィィィィンッ!!!


 白銀の剣と漆黒の剣が衝突し火花と衝撃が発生する。余波に耐えられず互いのローブの裾が破れてはらはらと落ちていく。


 『ヒッヒッヒッヒッ!ヤット血ヲ流シタカ!イイネェ!モット!モット流セ!甘ッチョロイ方ノ我ノ契約者ガ傷ツクナンテ興奮ガ収マラナイナ!ヒッヒッヒ!』


 双魔の頬は薄く切れ血が顎へと伝った。黒いティルフィングが楽しそうに笑い声を上げる。


 『ソーマ!?大丈夫か!?』

 「大丈夫だ……それより……何とか渡り合ってるんだ……話ってのを聞かせてくれてもいいんじゃない……かっ!」


 双魔はティルフィングを押し込んでロズールを突き放す。段々と”神としての力”とやらの扱いを意識して使うのにも慣れてきたようだ。


 「くっ!いいね!力が増していっているね!それじゃあ、何から話そうか……そうだな、まず君の契約遺物と私が握っているこの魔剣はどちらもティルフィングだ。そのことに間違いはない。二振りの剣は一振りの魔剣、いや神の剣として生み出されたのさ!」

 「……”神の剣”だと?」


 再び距離を取り語りはじめたロズールの言葉に気になる単語があった。ティルフィングが”神の剣”とはどういうことなのだろうか。推論を立てる間もなくロズールの言葉は続く。


 「そう、”神の剣”さ!本来は誕生することのない神々の王オーディーンのための剣、神々の持つ武器……君たちの言うところの遺物。その中でも最強の剣、それがティルフィング!」

 「……オーディーンの……剣……」


 ロズールの話に双魔の脳内には疑問が渦巻くばかりだ。北欧の主神オーディーンの持つ武器と言えば学園長の契約遺物である必中の魔槍グングニルだ。オーディーンがティルフィングなどという剣を有したなどという話は聞いたことがなかった。


 そんな双魔を気にすることなどはなくロズールの舌は止まらない。


 「純真無垢にして真実の名のもとにすべてを裁く剣。生まれた瞬間から神の似姿をとる選ばれし剣。だが、予定にはないそんな剣の誕生を快く思わない者がいた……その者によって真っ白な、純粋な幼子の心へと点けられた負の黒い炎!それを抽出した純真無垢とは真逆、殺戮と鮮血を司る漆黒の剣……それが私が手にしている黒いティルフィングさ!」

 「………要はティルフィングはその純粋無垢な剣って訳か」

 「フフフフッ……その通りだよ!そして、元々一つだったものが二つに分かれたんだ……双魔、君ならどうなるかわかるだろう?」

 「…………つまり、どちらかは消滅しなくてはならない。そう言いたいのか?」

 『ソノ通リサッ!ソシテ勿論残ルノハ我ダ!サッサトソノ胸糞悪イ惚ケ剣ヲ叩キ折ッテ……ソノ後デ貴様撫デ斬リニシテヤルヨ!ヒッヒッヒッヒ!』

 『むう!話はよく分からぬが我は負けぬ!ソーマも守って見せる!ソーマ!』

 「ん、俺も負けるつもりは……ない!」

 『オイ!仮契約者ッ!』

 「フフフフッ……中々ひどい態度だね!でも、ちゃんと分っているよ!」


 双魔はティルフィングを正眼に構え、ロズールは黒いティルフィングを天に掲げた。互いに刃に激しい水流の如く剣気を纏わせていく。


 パキ……パキッパキッ…………


 膨張していくティルフィング剣気に空気が凍てつき双魔の周りには細やかな音共に紅の結晶がキラキラと舞いはじめる。


 ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!


 一方、掲げたロズールの腕には漆黒の魔剣を中心に殺戮の具現ともいうべき黒く禍々しい螺旋が生み出された。剣気の奔流は低く心を引き裂く音を鳴らしながら向かって来るものを誰かれ構わず粉砕し、血を吸いたいと訴えているようだった。


 一つより分かれた二振りの剣、その力は決戦のために誂えられた戦場の天を覆わんばかりに膨張し、やがて激突する。


 「「ッ!!」」

 『ヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!!』

 『アァァァァァァァッ!!!』


 双魔とロズールは同時に腕を振り下ろし、狂気を孕んだ黒いティルフィングの笑い声とティルフィングの勇ましい叫び声が交錯する。


 互いに全力を賭した衝突。二つを一つに戻すための闘いの幕が下ろされる準備は刻一刻と進んでいた。

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