第326話 緊急措置!?

 「……ここ……は?」


 双魔に手を取られ、青白い閃光に思わず目を閉じたイサベルが瞼を開けるとそこは不思議な空間だった。


 まるで白のペンキを隅々まで丁寧に緻密に塗ったかのように真っ白な空間。色のせいで遠近感が上手く働かないがそこまで広くはなさそうだ。


 そして、手にはしっかりと双魔の手の温もりを感じている。


 「……突然悪いな、気になることは色々あるだろうが、後で話す」

 「え、ええ……少し驚いたけど大丈夫……」

 「それならよかった……で、早速なんだが……いや、その前に……別に緊急措置としてするわけじゃなくてだな、あー……俺はイサベルのことが好きだっていうのが前提にあるってことは伝えておくぞ」

 「え!?う、え、ええ……私も……双魔君のこと……好きよ……」


 突然の愛の言葉にイサベルは一気に顔が熱くなった。双魔の燐灰の瞳に映る自分の顔が真っ赤に染まる。


 「……んじゃ……その、しっかり受け取ってくれ……」

 「受け取るって……何を……むっ!?」


 またしても、イサベルは何が起きたのか分からなかった。瞼を閉じた双魔の顔が自分のすぐ目の前にある。唇に何か柔らかいものがぎこちなくも優しく押し当てられている。


 「……んっ……」


 心臓の鼓動が早鐘を打つように瞬く間もなく激しくなる。それに合わせるかのように背に手を回されて優しく引き寄せられ、双魔と自分の身体が密着した。


 (!?!?!?!?!?……わ、私……双魔君にキスされてる!?…………)


 現実を理解するのが一歩遅れたイサベルだが現実を理解した瞬間から思考が蕩けはじめた。


 「……んっ……ちゅっ……んっ……ほうま……ふんっ……んちゅっ……」


 身体中から力が抜けていく、双魔に抱きしめられていなければすぐにでも崩れ落ちてしまうかもしれない。


 不意打ちの情熱的な愛しい人からの口づけにイサベルは身も心も熱に浮かされている。


 「んちゅっ……んっ…………むっ……んむっ……んっ……」


 長い、長い口づけだ。現実にどれだけ時が刻まれているかは分からないがイサベルには延々に感じられる。思考が完全に蕩け切っている。愛とは麻薬のようなものだ。何も考えることができない。


 口づけに夢中なイサベルは気づいていないがこの時、イサベルにある変化が起きていた。イサベルの魔力が凄まじい速さで膨れ上がっていっている。


 「んっ……んんっ……んっ……」


 (……不味い……これは……何も考えられなくなる……早くしないと……)


 一方、イサベルの唇を奪った双魔には理性が残っていた。何しろ愛情表現のためではないということはないが、魔術的な緊急手段としてイサベルに口づけをしているのだ。理性を全動員して目的を達成しなくてはならない。


 「ちゅっ……んっ……ほ……うまふん……き……すき……」


 事前に理由を話すべきだったと双魔は全力で後悔していた。自分からはじめたことだがイサベルも双魔を求めて柔らかな唇を控えめながら一生懸命に押し付けてくる。


 脳の奥から幸福と快楽の波が押し寄せ来る。双魔はそれに押し流されないよう必死になりながら、触れた唇とほんの少し絡んだ舌に伝わせて己の魔力をイサベルへと譲渡しているのだ。


 双魔は自分の膨大な魔力を譲渡すればイサベルが今回十分に戦力になると踏んでいた。


 問題は「イサベルが膨大な魔力に耐えられるか」と「どのように譲渡するか」、最後に「双魔とイサベルの魔力の相性」の三つだった。


 一つ目は以前イサベルが倒れた際の検査でイサベルの容量は生成能力をはるかに上回っているのを知っていたのでクリア。二つ目も時間優先で今行っている方法でクリア。三つ目はほとんど直感と言ってよかった。双魔は一抹の迷いを振り切れなかったが実行に移した。


 「んっ……んむっ……ぴちゃっ……んっ…………」


 (……もう……少しっ……これでっ!……よしっ!)


 「んっ…………ぷはっ……はぁ……ふぅー……これで……どうだ?……イサベル?」


 イサベルへの魔力譲渡を終えた双魔は欲望に打ち勝てるギリギリのタイミングで唇を離した。微かに唾液の橋が双魔とイサベルの口を繋げ、煌めきながら切れていく。


 双魔は瞬時にイサベルの状態を確認する、が双魔の瞳に映ったのはトマトのように顔を赤くして、紫黒の虚ろな瞳をしたイサベルだった。


 「……ふぇ?……そうまくん……もう……終わり?……もっと……」


 イサベルは切なげな表情で、口づけを止めた双魔を不満げに見つめると胸を押しつけてキスをせがんできた。


 (……真面目な奴ほどとは言うけど……イサベルはその質か……)


 世間では根が真面目な者ほど何というか、有り体に言うと性欲が強いとまことしやかに囁かれている。どうやらイサベルはその噂に当てはまるらしい。


 双魔も自分の好きな女の子がここまで自分を求めてくれていると思うと胸にこみ上げてくるものがあるが今は時間がない。「自分で火をつけておいて……」と罪悪感もあるが傀儡姫に正気に戻ってもらわなくてはならない。


 「……イサベル、戻ってこい……ていっ!」

 「痛っ!……あら?私……って!そ、そそそ双魔君!?わ、私!双魔君とき、きききき、すすすっキスっ!」


 イサベルの額を軽く指で弾くと正気に戻ってくれたようだが今度は身体を小刻みに揺らして物凄く、物凄く動揺しはじめた。双魔はイサベルの両肩に手を置いて震えを止めてやる。


 「イサベル、落ち着け……まあ、いきなりで悪かったが……アレしかなかったんだ。身体の調子はどうだ?」

 「かっ、身体!?……身体……ど、どうなってるのかしら?魔力が……温かい魔力で身体が満ちてる……何だか、いつもより調子もいいような……不思議な感じがするわ……」

 「ん、成功だな……ふー」

 「双魔君……そ、その何を……」


 一先ずの成功に安堵の息を吐いた双魔にイサベルがおずおずと訊ねてきた、恥ずかしさからか視線は宙を泳いでいる。


 「分かりやすく言うと魔力の経口譲渡だ。俺の魔力をイサベルに流し込んだ。正規でやろうとすると時間がかかるからな。裏技だ……いけそうか?」


 イサベルの雰囲気に飲まれて恥ずかしさが甦ってきた双魔は片目を瞑ってこめかみを親指でグリグリグリグリと強く刺激して誤魔化しながらもう一度イサベルに確認した。


 「……ええ、大丈夫そうよ……双魔君の魔力を分けてもらったんだもの。双魔君の力になって見せるわ!」


 少しずついつもの調子を取り戻しているのかイサベルはクールにそう言って見せる。


 「……よしっ、それじゃあ戻るか。作戦を詰めなきゃな……イサベル?」


 ティルフィングたちのもとに戻ろうと右手を水平に構えた双魔のローブが後ろからイサベルに引っ張られた。


 「…………そっ……その…………双魔君に……キス、して貰えて嬉しかったわ……こっ、今度……また……し、して……くれるかしら?」

 「…………まあ、そのうち……な………」


 聞こえたぶっきらぼうな声にイサベルは下に向けていた視線を双魔の顔へ移した。こちらを見てはいなかったが少し見えた頬は確かに赤くなっていた。


 愛しい人の魔力と確かな愛情を感じるイサベルと遅れてやってきた恥ずかしさに何とか堪えている双魔は再び青白い閃光に包まれ、白塗りの空間を後にするのだった。


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