第323話 タワーディフェンス

 「凄い、ほんまに一面銀世界やねぇ」

 「……何もないね、雪の平原って感じだよ」

 「あっちの方に山があるわ」


 屋上に上がると四方を眺めた鏡華かたちが改めて雪原の美しさに感嘆した。吐息が白く染まって微かに吹いた風に流される。室内からは分かりにくかったがイサベルの言う通り正面の奥には山が連なっていた。


 「やあ、待っていたよ」


 穏やかな声と共に双魔たちの目の前に仮面の神霊がレーヴァテインと共に悠然と姿を現した。


 「……アンタ、何が目的だ?何を知っている?」

 「フフフフ、率直な問いだね。まあ、その前に一先ず自己紹介をしておこうかな?我が名の一つはロズール、君たちは私をそう呼んでくれればいい。それと分かっているとは思うけど私は神の端くれだ」

 「「「「「っ!?」」」」」


 仮面の神霊、もといロズールは両手を広げて楽しそうに唇を曲げた。同時に己の言が偽りではないことを示すかのように一瞬、魔力など言うには生温い、神話級遺物の剣気と比べても遜色のないほど濃密な力の波動を放って見せた。


 双魔たち全員に戦慄が走った。全身を針で刺されたような感覚に襲われ、一気に冷や汗が噴き出す。


 「……あっ……」

 「イサベルっ!……大丈夫か?」

 「……そ……双魔君……ごめんなさい……ちょっと気分が……」


 目の前にロズールに意識を向けながらもイサベルがふらついていることに気づいた双魔は倒れかけた身体を咄嗟に受け止めた。


 双魔たちの中でイサベルだけは遺物と契約を交わしていない。今のような強大な力への慣れが乏しい。ロズールの魔力にイサベルは耐えきれなかったのだろう。意識を保っているだけでも十分なほどだ。


 「……ロズール、改めて聞くぞ、目的はなんだ?」

 「ふむ、そうだな……私の主目的は君とティルフィングにあるんだけど……さっきも言っただろう?先ずは、一つ遊戯に興じようじゃないか。食事だって初めからメインディッシュを食べるものではない、食前酒なり前菜なりをしっかりと用意することが大事だ、そうだろう?」


 イサベルを抱きとめたままの双魔にも、遺物たちから明確に向けられている殺気にも気を取られることはない、ロズールはそよ風に吹かれているかの如くだ。


 「……それで?その遊戯ってのは何なんだ?」

 「フフフフッ、せっかちだね?だが、嫌いじゃない。君はタワーディフェンスというゲームを知っているかな?」

 「……タワーディフェンス?」

 「自分の陣地に入ってくる敵を倒していくゲームよ。敵を倒しきれば自分の勝利、自陣を蹂躙されれば敗北、シンプルだけど現実に則したゲーム。野蛮だと思うけれど」

 「……詳しいのか?」

 「アイは意外とゲームとか好きだから……」


 首を傾げる者が多い中、意外にもアイギスが知っていたことに緊迫感の支配する空気に驚きが混じった。


 「……タワーディフェンスが何なのかは分かった……話の流れ的にそれをやろうってことか?」

 「話が早くて助かるよ。その通り、今から私が君たちを攻める。守り切れば君たちの勝利だ。陣地はこの仮想の学園。ただし、君たちは絶対に負けられないはずさ。犠牲を出しても勝たなければならない。陣地を一歩たりとも侵されてはならない……双魔、君ならわかるだろう?」


 ロズールは口元に気味の悪い薄笑いを浮かべて見せた。


 「…………これは…………アンタ、随分大それたことをするな…………」


 瞬時にロズールの言う仮想の学園、特に建築物へ魔力の波を広げた双魔は片目を閉じた。表情を歪めた。ロズールの行ったことは実に大胆かつ悪趣味だった。


 「フフフフ……」

 「双魔、あのロズールって神さん、何しはったの?」

 「……この空間の学園の建築物と元の世界の建築物が魔力で結びつけられてる……緻密にな」

 「……つまり?」

 「俺たちが防衛に成功せずに建物が破壊されると元の世界の方も破壊される…………しかもだ」

 「……しかも?」

 「こちらの陣地に敵が侵入してきた場合、徐々に建築物が魔力エネルギーに変換されるようになってる……分かりやすく言えば侵攻を許せば現実世界の魔術科棟だの遺物科棟だのが爆弾に変わり……最悪の場合ロンドンは丸ごと消滅、最小でも学園内の人間は助からない……」


 双魔の衝撃の言葉に一同は絶句するしかなかった。


 「……ねえ……今日って……」

 「……ああ、初等部と中等部の生徒が見学に来てるな……」

 「……なんてことだ……」


 アッシュとフェルゼンの顔から血の気が引いた。


 「さて、状況は理解してくれたかな?それじゃあ、次は君たちが打ち倒すべき軍勢を紹介しようじゃないか……レーヴァ」

 「かしこまりました、ご主人様……スゥーー…………ハッ!」


 レーヴァテインは深く息を吸うと雪原の向こうに連なる山々へ膨大な剣気を放出した。蒼炎から生じる凄まじい熱気は一瞬にして銀世界を塗り変えてゆく。


 「ティルフィングっ!」

 「うむ!」

 「私も手伝うわ」


 双魔たちを襲う熱気をティルフィングの冷気とアイギスの障壁で防ぐ。そして、視界の向こうには発生した濃霧の奥に巨大な影が現れていることに一瞬、遅れて気づく。


 「……アレは……なんだ?」

 「ハハハハハハハハハッ!アレが私の率いる軍勢!”黄昏のラグナロク・残滓リズィジュアム”さ!」


 十を超える巨大な影、朧に光る双眸、その足元に蠢く数多の影たちを背にロズールの哄笑が響き渡った。


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