第324話 ”黄昏の残滓”

 「”黄昏ラグナロク残滓リズィジュアム”さ!」


 ”黄昏の残滓”、ロズールがそう呼んだ数多の影を包んでいた濃霧のヴェールが徐々に消えてゆき、やがてその全貌が明らかになった。


 「アレは……この間の炎の巨人じゃないか!?しかも……一体だけじゃない!」


 最初に声を上げたのはフェルゼンだった。一月ほど前にロンドンの街を蹂躙した燃え盛る巨人が十体、姿を現した。


 「炎の巨人だけじゃないよ……ごくり……」


 思わず唾を飲み込んだアッシュの目には炎の巨人たちの前列に整然と立っている数十体の巨人たちが映っていた。


 「……ほほほ、あんなん初めて見たわぁ……あら?イサベルはん、もう大丈夫なん?無理してへん?」

 「……大丈夫です……双魔君、ありがとう、遺物使いの皆さんに比べたら大したことは出来ないかもしれないけれど……私もできることをするわ……」

 「……本当に大丈夫なんだな?」

 「ええ、大丈夫よ」

 「そうか……分かった」


 イサベルはふらつくことなく確かな足取りで双魔の腕の中から離れた。並の魔術師ならば昏倒してもおかしくない事態だ。双魔はイサベルの抜きんでた潜在能力を再確認する。


 「……うーん、大きいのもそうだけど、雑魚が多くて面倒そうね?ゲイボルグもそう思わない?」

 「確かにな。ヒッヒッヒ……人海戦術やら物量作戦ってのは勝利への定石だからな、言わずもがな厄介だ」


 呑気に目の上に手を水平に当てて巨人たちの足元を眺めるカラドボルグにゲイボルグが同意する。


 巨大な影の下には数えきれないほどの小さな影が犇めいていた。遠目ではっきりとは見えないが人影の他にも小さな竜のような姿も見て取れる。


 「…………」

 「…………」


 しかし、双魔とロザリンは巨人たちの向こうを見つめていた。この空間を圧迫するほど強大な魔力と神気を備えた存在が二つ、不気味なほど静かに聳えていた。


 「……一番厄介なのはあの二体だな…………」

 「うん、あの狼と蛇、神獣だよね……」


 巨人たちの後ろにはその背丈さへ優に超えるほどの美しく白い体躯の狼が、その隣にはその狼をさらに凌ぐ大きさの大蛇が蜷局を巻いて二股に割れた真っ赤な舌をチロチロと動かしている。


 あの二体が攻め入ってきた場合、どう対処するべきなのかが双魔の脳裏には瞬時に浮かんでくることはなかった。


 「さて、戦う相手の全貌は確認できたかな?」


 ”黄昏の残滓”の重圧に様々な反応を見せる双魔たちを楽しんだかのようなタイミングでロズールが再び口を開いた。全員の視線が遠目に見える魔性の軍勢から目の前の神霊へと向けられた。


 「流石にこのまま攻め込むのは公平性に欠けるからね、なにしろ私は準備をして来たわけだから……そうだね、少し時間をあげようか。どう戦うかを話し合うといい。なに、そちらには神話級遺物が五体もいるんだ、きっといい勝負になるよ……フフフフッ……合図はフェンリルの遠吠えだ。それじゃあ、足掻いて足搔いて足搔いて……私を楽しませてくれ!いくよ、レーヴァ」

 「かしこまりました、それではお姉様、その他の皆様…………それと、双魔さん……後ほどお会いしましょう」


 ロズールに従ってレーヴァテインも黒い裂け目に消えていく。何故か去り際のレーヴァテインは双魔を見て何とも言えないぎこちなさを見せていたが、双魔たちはそれどころではなかった。


 「………聞き間違いじゃなければ……今、”神喰滅狼フェンリル”って言ったか?」

 「せやね、確かにそう言いはったね……”神喰滅狼”って」

 「”神喰滅狼”って……あの”神喰滅狼”?アイたちはどう思う?」

 「……そうね、”神喰滅狼”と言っても差し支えないんじゃないかしら?それくらいの神気と魔力は感じる」

 「んー、でも……本物なのかと言われたら疑問が湧くけどね?」

 「カラドボルグの言う通りだぜ。何てったったはラグナロクの時に押っ死んでるはずだからな!」


 ”神喰滅狼”とは北欧神話の最終戦争である”神々の黄昏”において主神であるオーディーンを飲み込んだ神を滅ぼす魔の神獣の名である。


 その強大な力で神々の王を消し去ったが最後には他の神々に顎を引き裂かれてその生を終える存在だ。


 「……私も北欧の神話に詳しい訳ではないけれど……ロズールはラグナロクを口にしていたし、あの巨人たちを見ても信憑性は高いんじゃないかしら?」

 「……嘘であって欲しいが……イサベルの見識には説得力があるな」


 イサベルの言う通りロズールは確かにあの軍勢を”黄昏の残滓”と呼んだ。神々の黄昏において神々を迎え撃った中心勢力は巨人たちだ。ここまで状況が揃っていれば本物かはひとまず置いたとしてもあの白い巨狼が”神喰滅狼”に類似した神獣であることは間違いないと判断する他ない。


 「と言うことは……その隣の大蛇は”界極毒巨蛇ミドガルズオルム”か……」


 ”界極毒巨蛇”とは”神々の黄昏”において”神喰滅狼”と同じく巨人側の勢力で神々を蹂躙した巨大な蛇だ。”神喰滅狼”の弟とされ、その大きさは世界を取り囲み、己の尾を咥えることができるほど途方もなく大きな大蛇であったとされる。その最後は神々の中で無双をほこった雷神トールとの相打ちに終わったとされる。


 「そうだろうな……っても本物は世界を取り巻く大きさなはずだからな、やっぱりアイツらは複製かなんかだろ?」

 「それでも……強敵であることは間違いないな」


 ゲイボルグの言葉を受けて重々しく発したフェルゼンの言葉に異を唱える者はなかった。


 「でも、やらなきゃ。それ以外私たちにはないよ?」


 ただ一人、静かに”黄昏の残滓”を眺めていたロザリンが振り向きざまにそう言った。


 「……ロザリンさんは真っ直ぐで羨ましいですね」

 「ほほほ、ほんまにそうやね」

 「羨ましいわ」

 「普段は風に吹かれて揺れてるみたいなのにね!」

 「昔からロザリンはこうだからな」

 「??」


 ロザリンのブレなさに緊迫した状況にもかかわらず双魔たちは笑みを浮かべてしまった。それを見たロザリンは不思議そうに首を傾げている。


 「ゲイボルグ、ロザリンが褒められてるわよ?」

 「ヒッヒッヒ!たりめぇだ!自慢の契約者だからな!」

 「あら?私のフェルゼンだって負けてないわよ?」

 「む?ソーマもだぞ!」

 「浄玻璃鏡、お前んとこの嬢ちゃんはどうなんだ?」

 「……ふ……ふふ…………無論……」

 「……貴方、笑ったりするのね?」

 「……此方……と……て……主への……思い……は……言の……葉に……乗せ……す……」

 「そう、ああ、アッシュも負けてないと言っておくわ」


 ロザリンを切っ掛けに遺物組も少々場違いな契約者自慢がはじまったがそれもすぐに終わった。


 「ん……じゃあ、作戦会議はじめるか」

 「「「おー!」」」

 「うんうん」

 「応っ!」

 「ヒッヒッヒ!こりゃあ楽しいことになりそうだぜ!」

 「久々に暴れちゃうわよー!」

 「「…………」」


 声を上げる者、笑う者、言葉なくただ頷くもの、対”黄昏の残滓”作戦会議は意気軒昂の空気のなかはじめられた。

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