第321話 角笛の報せ
時間は少し遡り、双魔たちがデザートタイムを過ごしていた頃、学園長室では執務机についたヴォーダンがグングニルから手渡された書類を眺めていた。
「ふむ……これが次年度の他学園からの受け入れ候補者たちか?」
「はい、次年度はドイツ、フランス、中華から二名ずつ、それとロシア帝国から一名希望を承っておりま す」
「そうか……少し多いな。フランスは一人でよい、ル=シャトリエの話を出せば断れる。中華からは……ふむ、どちらも魔術科か……子牙殿が遺物科に一人寄越すと言っておった故、バランスは取れる……ドイツも一人でよいな。これはジルニトラに相談しよう……して、ロシアからとは……ふむ?これは……」
書類の一枚を手に取るとヴォーダンは珍しいものを見つけたと言わんばかりに片眉を上げた。その瞬間だった。
プオオオオオォォォォオオオォォォォォーーーーーーーーーーーーー!!!
何処からか凄まじい音量の笛の音が響いてきた。少し詰まりのあるような独特な音、角笛の音だ。その音量の室内のあらゆるものが小刻みに震えはじめる。
「っ!これは……」
姿勢よくヴォーダンの隣に控えていたグングニルは身構える。そして、ヴォーダンも持ち上げた書類をパサリと机の上に戻すと、長く息を吐いた。
「ふーー……ついに時は来たか」
プオオオオオォォォォオオオォォォォォーーーーーーーー!!!
ヴォーダンの呟きに合わせるようにもう一度角笛の音が今度は室内に響き渡る。本能に警鐘を鳴らさせる緊迫感と恐怖を与える音だ。さらに、それに続いて白い魔法円が宙に現れ、激しい閃光を放ち、それと同時にドサッっと学園長室の中心に何かが落ちるような音がした。
「……ぐっ……ぐあっ…………」
光が収まるとそこには一人の男が立っていた。が、うめき声を上げてすぐに崩れ落ちる。
背丈はそこまで高くはないががっしりとした男だ。只者ではなく額から螺旋状の曲角が一本生えている。身に纏った革鎧はその大半が灼熱に包まれたあとのように焦げついていた。
「ギャラルホルン!大丈夫ですか?」
グングニルが一本角の男に駆け寄った。
男の名は”ギャラルホルン”、北欧神話において世界の終焉を知らせるという神話級遺物の笛だ。
ギャラルホルンはグングニルに支えて何とか立ち上がった。
「ぐ、グングニル殿……私は……大丈夫です!それより……もっ!侵攻を開始しました!」
ヴォーダンの顔を見たギャラルホルンは満身創痍の状態ながら忠義の家臣の如く傅いた。
「うむ、お主のおかげで把握しておる。その身体はどうした?」
「はっ!……ふ、不覚にもこちらに転移する直前に……ムスペルの巨人に……ぐぅ……」
「そうか……お主は少し休むとよい。儂は少し話さねばならぬ者がおる故。グングニル、任せるぞ」
「かしこまりました。さっ、こちらに……」
「…………くっ……面目ない……」
グングニルに半ば持ち上がるような形でギャラルホルンは奥に連れられて行く。すると、タイミングを見計らっていたかのように先ほど魔法円が浮かび上がったのと同じ場所に黒い裂け目が発生し、ゆったりとした様子で豪奢なローブに身を包んだ仮面の神霊が現れた。
「やあ、兄上。一応、挨拶をしておこうと思ってね」
口元に笑みを浮かべ、そのままソファにふわりと腰を掛けた。
「……わざわざ、顔を見せに来るとはな……お主、いつ礼節を弁えた?」
「フフフフ……私は昔からそれくらい弁えているさ・それよりも、だ……」
仮面の神霊は立ち上がると真正面から椅子に腰を掛けたままのヴォーダンに対峙した。一瞬にして室内の空気が重くなる。まさに神の威圧だ。
「私の邪魔はしないように、念を押しておくよ?そもそも……こうなった元凶は兄上なんだからね……フフフフッ!」
「…………好きにするといい」
「何だ、兄上にしては物分かりがいいじゃないか!まあ、その言葉を信じるほど私も愚かじゃないけどね……それじゃあ、私は失礼するよ。麗しの女神が待っているからね!ああ、そうそう、ギャラルホルンにお大事にって伝えておいて欲しいな……フフフフ、今度こそお別れさ、兄上、貴方の弟、それと妹になれて楽しかったよ!ハハハッ!ハハハハハハハハハッ!」
仮面の神霊は哄笑を木霊させ黒い裂け目へと姿を消えていった。残された空間の裂け目も空気に溶けるように消滅した。
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