第320話 予感
評議会室を支配していた緊迫感が幾分か薄まり、全員が状況把握を試みる。つまるところ、視線が再び双魔に集まった。
「まあ、来いと言われれば行くしかない状況だろうな……」
「その前に、双魔、あの人なのか分からないけど!知り合いなの?」
「……ん、まあ、多分な」
「多分って……」
「アッシュ、ちょっと落ち着け、俺も色々と困惑してるんだ……兎も角、俺たちは奴の……あの仮面の神霊の言う通りにするしかない……外を見れば分かる」
「外?」
「うん、外、学園じゃないよ」
「え!?わ!?本当だ!」
「おおー!」
「これは何とも綺麗やねぇ?」
「……ええ、一面の銀世界、注ぎ込む琥珀色の斜陽……幻想的ですね」
一足先に窓の外を眺めていたロザリンに釣られてアッシュたちも窓の外を覗き込む。異常事態だが美しく儚い景色に感動してしまっている。
「双魔、一応確認しておくけど、何が起きたのかしら?」
「私にも聞かせて欲しいわ!」
「ヒッヒッヒ!また面倒ごとに巻き込まれたもんだぜ!」
「…………」
「あのローブを纏ったのは只者じゃないと感じたが……双魔」
契約者組とティルフィングが外の景色に気を取られる一方、遺物組とフェルゼンは双魔の周りを囲んだ。恐らく状況把握の共有、フェルゼンは疑問点を解消したいのだろう。
「恐らく、だが……あの仮面の神霊の造った空間に強制転移させられた。今いる建物も奴が造った模造品だろう」
「……やっぱり」
「その、仮面の神霊というが……あれは神、なのか?」
「ええ、間違いないわ。隠してるようだったけどあの異様な魔力量に肌を焦がすような不気味さ、あれは神よ。ねぇ?」
「そうね、間違いないわ」
「ヒッヒッヒ!アレは疑いようもねぇぜ!それにしても……双魔、お前あんなのとも知り合いなのかよ?」
「……ちょっと前にな……何にせよここから出るには奴の言う通りにするしかないし……俺もはっきりさせたいことがあるからな……巻き込んだみたいで悪いが……皆には付き合って欲しい……」
バツが悪そうに言った双魔に遺物たちはきょとんした表情を浮かべた。
「それを決めるのは私たちじゃないわよ?」
「ああ、その通りだ……双魔、お前に力を貸すのか決めるのは俺たち遺物じゃねぇ……」
「ええ、そうよ……私たち遺物は契約者と一心同体…意志は契約者に託すものだもの」
「…………」
遺物たちの聞きようによっては素気無い返答に双魔の表情が少し固くなる。しかし、それまで口を噤んでいた浄玻璃鏡がアイギス、ゲイボルグ、カラドボルグの意図を汲むように言葉を紡ぐ。
「……然り……され……ど……婿……殿……に……力を……貸さぬ……者な……ど……この場……に……いよう……か?」
「ほほほ、玻璃の言う通り。うちは双魔に、旦那様についていくだけ……もし、ついてきてくれないかも何て疑ったなら……うち、双魔のこと嫌いになってまうよ?」
「……鏡華」
窓の外を見ていたはずの鏡華が浄玻璃鏡の背中からひょっこりと顔を出して双魔に寄り添う。
「ええ、例え何があっても、双魔君の道を一緒に歩くって私決めているもの……私も力にはなれないかもしれないけど……一緒に行くわ。ね?」
「イサベル……」
鏡華に続いて双魔の傍に戻ってきたイサベルが双魔の左手を取って優しく両手で包んだ。
「後輩君には助けてもらったから、今度は私の番……それに、私も決着の予感がする」
「ヒッヒッヒ!双魔はロザリンのお気に入りだからな!あんなこと言ったが、初めから力は貸すつもりだったぜ?ロザリンの考えてることなんか分かりやすいからな!ヒッヒッヒ!」
「ロザリンさん……ゲイボルグ……」
ロザリンは澄んだ翡翠の瞳で双魔を真っ直ぐ見つめている。決意と闘志に満ち満ちた戦士の瞳だ。それにゲイボルグも陽気に笑って答えた。
「……双魔は本当に最近モテモテだよね……まあ、じつは昔からだったりするけど……」
「…………アッシュ?」
「何でもない!僕と双魔の仲でしょ!気にするなんてなしだよ!ね!アイ!?」
「フフッ、アッシュがそう言うなら私も異存はないわ」
何やら湿った目で双魔を見てブツブツと呟いていたアッシュだったがそれもすぐになりを潜めていつもの明るい笑顔を見せた。アイギスもそれを見て微笑み浮かべる。
「フェルゼン、フェルゼン、どうするの?」
「無論、俺も双魔に力を貸す!仲間の危機は自分の危機だ!誇り高き戦士の血に誓う!」
「それでこそフェルグス=マック=ロイの血を継ぐものだわ!」
「かっ、カラドボルグ!そうやって妄りに身体を寄せてくるなといつも言っているだろう!」
「なによー、いつまでも初心なんだから……でも、そこが可愛いわ!」
「む!むむむ、胸を圧しつけるな!」
カラドボルグに促される形になったがフェルゼンも握り拳を作って熱く、男らしく双魔に眼鏡のレンズを輝かせて笑顔を向けた。
その直後にカラドボルグに抱きつかれてしどろもどろになっているのはご愛敬だ。
「……皆、ありがとう……」
「双魔、らしくないよ?そんなに素直になっちゃって!でも……終わったら話してくれると嬉しいな。色々と」
「ん、分かった……それじゃあ、行くか。ティルフィング!」
「うむ!ソーマ!我に任せておけ!」
鼻息を荒くして抱きついてきたティルフィングの頭を撫でてやる。さらさらと綺麗な黒髪が気持よく双魔の指を通していく。
「屋上って言ってたよね?」
「私が先行する、後輩君たちはついてきて。ゲイボルグ」
「ヒッヒッヒ!あいよ」
ロザリンは颯爽と評議会室の扉を開いて廊下に一歩踏み出し、そのまま屋上へと足を進めていく。
「僕たちも行こう!」
それにアッシュとアイギス、フェルゼンとカラドボルグ、双魔たちが続く。
「…………」
「……双魔君?」
「なんや気になることでもあるん?」
「……いや、何でもない」
一瞬、何かを考える素振りを見せた双魔に目聡く気づいた鏡華とイサベルが足を止めた。
双魔は何でもないと答え足を早めた。しかし、それは嘘だ。
(…………嫌な予感が、いや、気配はあるからな……予想以上の修羅場になるかもしれないな……)
既に建物の外、距離はあるようだが強大な魔力を発する何かが複数体、さらに際立った存在が二体存在している。ロザリンもそれに気づいて先行したのだろう。
「……ソーマ、何かいるな」
「ああ……まあ、俺とティルフィングなら大丈夫だ」
「……うむ!」
激戦の予感を感じていつもの笑顔を浮かべていないティルフィングも双魔に手を握られると少し微笑んで頷いた。
一人の少年と一振りの魔剣、その運命の収束点は目前まで迫っていた。
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