第315話 デザートもあります!
「うむ!美味だったな!」
「うん、美味しかった。ちょっと足りなかったかも?」
料理がなくなるとティルフィングは双魔の膝の上で満足気にお腹を摩った。
ロザリンも味には満足したようだが量が足りなかったのか顔には現れないが何処か寂しそうな雰囲気を醸し出している。
「うーん……僕もちょっと物足りないかも……」
「……ロザリンがすまねぇな」
「……ティルフィングも悪気はないからな……許してやってくれ」
「あ、ううん、別に怒ってるわけじゃないから!アハハ……」
「「??」」
アッシュも満足いくまで食べられなかったようで、その原因となった一人と一振りの保護者が申し訳なさそうにするとアッシュは胸の前で両手を振って気を遣ってくれた。
当の本人たちは不思議そうに首を傾げるばかりだ。
「ほほほ、まあ、予想通りやね……一応用意してきてよかったわ」
「あっ、鏡華さんも?実は私も用意してきました」
「あらぁ?流石イサベルはんやねぇ、気配り上手」
「フフッ、お互い様だと思いますよ?」
鏡華とイサベルは顔を合わせて笑うとそれぞれもう一つずつ重箱とバスケットを取り出した。
「……甘い匂い。お菓子?」
座っていたロザリンが身を乗り出した。
「ほほほ、正解。みんな食べたことないと思うけどねぇ。はい」
鏡華は悪戯っぽく笑うと重箱の蓋を開けた。それを各々が覗き込む。重箱の中には茶色と黒と紫を混ぜ合わせたような色をした一口サイズの楕円形に成形された物体がぎっしり詰まっていた。
「……いい匂い……でも、見たことないかな?」
「……僕も見たことないなぁ……フェルゼンは?」
「俺もないな……しかし、何というか得体の知れない感じがするな……」
「おい、フェルゼン」
例によって失言癖が出たフェルゼンを双魔がやんわりと制した。悪気がないのは知っているが鏡華に嫌な気分にはなって欲しくはなかった。
「しまった!また、余計なことを……すまない、六道さん」
「ええよ、悪気がないのは分かってるさかい……でも、気をつけへんと口は禍の元やから」
「ああ……気をつけるよ」
「こんなに美味しそうな匂いなのに……フェルゼン、駄目だよ?」
「うっ……ロザリンにまで言われるとは……」
無頓着に見えて気遣い上手なロザリンにも注意されたフェルゼンは落ち込んで背筋を丸め、反省する素振りを見せた。
「これは”ぼたもち”と言う菓子だぞ?おにぎりを小豆のあんこで包んだものだ」
双魔と鏡華以外が困惑する中、意外にもティルフィングがアッシュたちに牡丹餅の説明をした。
「え?おにぎりを?」
ティルフィングの説明を聞いたアッシュが首を捻った。
「正確にはもち米とうるち米を潰したものやけどね。ティルフィングはんよく知ってたねぇ?」
「なるほど!あんこのお餅なら食べたことあるよ!美味しいよね!」
鏡華がティルフィングの説明に補足を加える。それを聞いたアッシュは納得したのかうんうんと頷いた。
「ふふん!前に食べたことがあるからな!ソーマが教えてくれたのだ!」
「ん?そう言えば一緒に食べたような食べなかったような……まあ、いいや。偉いぞティルフィング、よく覚えてたな」
「ムフー!」
頭を撫でてやると得意げな顔だったティルフィングはくすぐったそうに身体をよじらせた。
「ぼたもちですか……雑誌で見たことはあるけど食べたことはないですね……まさか、こんな所で目にするとは……」
「ほほほ、そないに大したものじゃあらへんよ。イサベルはんは何を持ってきたん?」
「ああ、そうでした!私はこれです!」
重箱の牡丹餅を感慨深げに見つめていたイサベルは我に返ると自分のバスケットにかけていた布をとって中身をテーブルの上に置いた。
出てきたのはシンプルな丸型のケーキだ。敢えて特徴を上げるとするならば、普通のホールケーキよりも少し平たく、表面には雪のように粉砂糖が振りかけられている。
「美味しそう……でも匂いが普通のケーキと違うね?香ばしい感じ?」
興味津々で待ちきれないと言った様子のロザリンがヒクヒクと鼻を動かした。
「ん、確かにケーキって言うよりは焼き菓子って感じだな」
「せやね、見たことない……イサベルはん、これは?」
「えーと、これはタルタ・デ・サンティアゴ風のケーキ……本当は真ん中に十字架模様をつけるんだけど、風だから普通に粉砂糖をかけたの」
「あ!僕聞いたことあるよ!聖ヤコブのアーモンドケーキでしょ?」
「ええ、オーエン君の言う通りよ、ちょうど家に材料があったから……」
”タルタ・デ・サンティアゴ”とはその名の通り”聖ヤコブのケーキ”という意味でアッシュ曰くスペインを代表する歴史あるアーモンドを使ったケーキらしい。
「じゃあ、早速食べようか」
「うむ!」
ロザリンとティルフィングは手にフォークを持ってすでに食べる気満々だ。
「……せっかくだからお茶を入れた方がいいんじゃないか?」
「確かにフェルゼンの言う通りなんだけど……今、備品は紅茶もコーヒーも切らしてるんだよね」
「そうなん?うちの持ってきた水筒も空やし……」
「ないなら仕方ないですよ。ティルフィングさんもロザリンさんも待ちきれないみたいですし……」
「「…………」」
イサベルが食いしん坊コンビの方をちらりと見るとフォークを握って牡丹餅とタルタ・デ・サンティアゴを凝視している。今からお茶を買ってくることもできるが少し酷だろう。
(……ん?そう言えば……)
お茶無しのデザートタイムがはじまろうとした時、双魔はあることを思い出してポケットに手を入れた。する、紙のような感触がある。
(そう言えば、作業中に飲もうと思って出すの忘れてたな……丁度いいか)
「……普通のお茶じゃなくてもいいならあるぞ?」
「双魔君?」
「双魔?」
「え?双魔、お茶あるの?それなら早く言ってくれればいいのに!じゃあ、お湯沸かせばいいかな?」
「ん、淹れ方はコーヒーと同じだ」
双魔はポケットから紙袋を取り出してテーブルの上に置いた。
「分かった、僕が入れちゃうね!……確かに見た目は挽いたコーヒー豆みたいだけど……香りが全然違うね……これ何なの?」
紙袋の中身を覗き込んだアッシュがこちらを見て不思議そうな顔をした。
「……さてな、飲んでからのお楽しみだ」
「……ぶー」
「双魔、うちも気になるんやけど……」
「……私も」
「だから、飲んでからのお楽しみだ」
「……もう、いけずなんやから」
「フフッ」
双魔の悪戯っぽい笑みに頬を膨らませて拗ねたアッシュに被せて訊いてきた鏡華とイサベルにも笑顔で返しておく。鏡華は少し不服そうだがイサベルは楽しそうに微笑むのだった。
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