第316話 不思議な飲み物
「……うん、もういいかな?出来たよ!」
評議会室にコーヒーとは違った香ばしい匂いが漂い始めてから数分後、アッシュの元気な声が室内に響いた。
拗ねて見せながらもしっかりと手を動かしていたのでいつも通りの手際の良さだった。
ドリップしている間に用意しておいた人数分のカップに出来上がった濃い茶色の液体をトポトポと穏やかな音を立てて注いでいく。
「……むぐむぐ……甘くておいひい……」
「……うむ……これは美味だな!」
ちなみに待ちきれなかったロザリンとティルフィングは既に甘味を食べはじめている。ロザリンは鏡華の作った牡丹餅を、ティルフィングはイサベルの作ったアーモンドケーキを頬張ってご満悦だ。
それを横目にアッシュが各々にマグカップを回していき、全員にゆき渡る。
「ん、じゃあ、食べるか」
「双魔、その前にこれ何なのか教えてよ!」
コーヒーのようでコーヒーでない謎の黒い飲み物の入ったカップを目の前にした全員を代表してアッシュが改めて双魔に尋ねた。
「だから飲んでからのお楽しみだ……んっ……」
双魔はまともに取り合わずにカップに口をつけて傾けた。
それを見たアッシュたちは顔を見合わせたが、双魔以外で初めにカップの中身を飲み、声を上げたのは意外な人物だった。
「あら、なかなか美味しいじゃない」
「あ、アイっ?」
それまで静かにアッシュたちを見守っていたアイギスがコーヒーもどきを口にして声を出したのだ。
その表情は面白いものを見つけたかのように楽し気だ。
「……ごくんっ……うんうん、少し土の匂いがするけど……香ばしくて美味しいよ?結構、ぼたもちに合うかも……でも、これも初めての味」
ロザリンも牡丹餅片手に早速目の前に置かれたカップを傾けている。ロザリンは匂いで味など色々なことが分かる。遺物のアイギスは兎も角ロザリンが「美味しい」と言っているなら不味いことはないだろう。
イサベルたちはカップを手に取ると恐る恐る口をつけた。
「んっ……これは……」
「……コーヒーとは違うけど……美味しい!」
「ああ、コーヒーよりも飲みやすいかもしれないな!」
「……んっ……なんやろ……飲んだことない味やけど……うーん……麦茶の味を深くした感じやね?うん、美味しいわ」
「……クックッ……」
原材料不明のコーヒーもどきを口にしたアッシュたちの反応はなかなかに好感触だ。
特に鏡華の所感を聞いて双魔は思わず笑ってしまった。何しろ双魔が初めて
たびたび思うが付き合いが長いだけに鏡華と自分の感性はかなり近い時がある。
「双魔、これ何なん?そろそろ教えてくれてもええんやないの?」
「ん……そうだな。答えは……これだ」
双魔が左手を上に向けて手を軽く握り、パッと開いた。すると、掌がほのかに光り、底からにょきりと小さな黄色い花を咲かせた茎が生えてきた。
この場にいるほとんど全員が目を丸くしてそれを見た。
「それって……タンポポ?」
「……どういうこと?これが……タンポポ?」
双魔の掌に咲いた可愛らしい花は誰もがよく目にする野の花、タンポポだった。双魔が示した意外な答えに皆困惑気味だ。
長い時を生きるアイギスやカラドボルグも不思議そうな表情を浮かべている。
「タンポポの根を干して細かく砕いてお湯を注ぐと……んっ……まあ、こんな風にお茶になるってわけだ。タンポポコーヒー、味も悪くないだろ?」
「ほえー……これってタンポポの根っこなんだ……全然わからなかった」
「ああ……誰もこれがタンポポだとは思わないな……」
「長い時を過ごしてきたけど、タンポポのお茶なんて初めてだわ……フフッ、やっぱり長く生きるのも悪くないわね」
思いの外タンポポコーヒーの味が気に入ったのかアイギスは上機嫌だ。
(……まさか、神話級遺物にも好評とは……)
双魔も違った意味での意外さに面食らってしまった。しかし、嬉しい誤算に双魔の頬は少し緩むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます