第308話 遺物科議長は朝が苦手?
「……フェルゼン、この団体の書類なんだが……どんぶり勘定の疑惑がある……後で揉め事になると面倒だから確認しておいてくれ」
「おう、分かった!ああ、こっちの書類のダブルチェックを頼んでもいいか?」
「ん、任された…………」
「あ、双魔、僕の方も告知の下書きが出来たから確認してもらっていい?」
いつも通りしばらく放っておいたアッシュも復活したらしくフェルゼンに続けて紙を差し出してきた。下書きというだけに裏紙だが綺麗な字で文が書きつけてある。
「ん、了解……フェルゼンの方は問題なければロザリンさんに回していいか?」
「ああ、構わない。よろしくな」
「ん……そう言えば今日はシャーロットはどうしたんだ?」
黒のペンから持ち替えた赤ペンのキャップを外しながら双魔は空いたままの庶務の席に目を遣った。
シャーロットは生真面目なので仕事がはじまる九時半ごろには席についている。遅刻することもない。
「……もう、双魔……シャーロットちゃん今日は家庭の都合で休みって連絡があったじゃない……スマホ見た?」
双魔の問いにアッシュが呆れた声で答える。ポケットからスマートフォンを取り出して確認してみると確かにシャーロットらしい少々堅苦しい文で今日は休む旨のメッセージが評議会役員全員宛に入っていた。
「……ん、本当だ」
「家庭の都合か……シャーロットのご家族はどんな感じなんだろうな?」
「……さあ、どうだかな……アッシュ、何か知ってるか?」
「うーん……僕も知らないなぁ……シャーロットちゃんお仕事以外のことはあまり話してくれないしね……」
言い出したフェルゼンは期待の目でアッシュを見ていたが頼みのアッシュも何も知らないようだ。
「…………確かに、シャーロットには壁を感じるな……俺は仲良くしたいんだが」
「僕も同じだな……シャーロットちゃん、甘いもの好きだから今度お茶でも誘ってみようかな!」
「おお!それはいい提案だな!双魔も来るだろう?」
「……俺か?俺はいい。本人が話したがらないんだから詮索することもないだろ。人のこと言えたもんじゃないが……フェルゼン、お前のそういう暑苦しいノリが嫌なんじゃないのか?アイツは」
「……返す言葉もない」
「取り敢えずアッシュに任せとけ、後は時間が解決するだろ」
「そうだな……アッシュ、ぜひシャーロットの壁を溶かしてくれ!」
「アハハ……まあ、頑張ってみるね……アハハ……」
張り切ったり、しょげたり、熱くなったりと忙しいフェルゼンにアッシュは苦笑を浮かべて答えた。
「それよりそろそろじゃない?ロザリンさん」
「ん?もう、そんな時間か?」
アッシュに言われて時計を見ると時刻は十一時少し前、確かにロザリンが来る時間だ。
魔神バロールから解放されたロザリンは昼夜逆転生活から脱却したのだが、まだ朝は弱いらしくいつも眠気眼で遅れてきて「お腹減った……お腹減った」と呟きながら高速かつ正確に仕事をこなして満面の笑みで食堂に行くのがここ最近の日常になっている。
ガチャッ……バタンッ
「……ふぁー……おはよー、後輩君、アッシュくん、フェルゼン…………ふぁふ……」
噂をすれば何とやら、ロザリンは大胆に欠伸をしながらふらふらとした足取りで自分の席へと歩いていく。
「……おはようございます」
「おはようございます!ロザリンさん」
「おはよう!今日も眠そうだな」
余りにフラフラとしているので転ぶのではないかと一応気を配った双魔の横を通り抜け、ロザリンは無事にボフッと音を立ててクッションを敷いた議長席についた。
「…………んー……眠い……お腹減った……んー……うん、今日もお仕事頑張ろう」
ロザリンは目を数回擦るとぱっちりと両目を開いた。”神器”であり、バロールの力が宿る左眼も力を開放していない今は右眼と同じく翡翠に輝いている。
「あれ?シャーロットちゃんは?」
「ああ、今日は休みらしいですよ」
「ふーん、そうなんだ……」
「ロザリンさんもメッセージ見てないんですか?もう、双魔とロザリンさんは一応トップなんだからちゃんと確認しないとダメですよ?」
「……メッセージ?」
アッシュが眉根に皺を寄せてそう言うとロザリンは不思議そうに首を傾げた。
「……ロザリン、そもそもスマートフォンは持ってるのか?……俺はお前が持っているところを見たことがないんだが……」
「!?」
この中で一番ロザリンとの付き合いが長いであろうフェルゼンの言葉に驚いたアッシュはものすごい速さでロザリンとフェルゼンの顔を交互に見た。
「私、スマートフォン?持ってないよ?」
「え!?でも僕が送るメッセージはロザリンさんにも送られてるはずなんですけど……えーと……ほら!」
慌ててスマートフォンの画面を操作したアッシュが全員に見えるようにスマートフォンを机の上に置いた。
画面をのぞき込むと確かに評議会役員全員が参加しているグループチャットにはアッシュ。双魔、フェルゼン、シャーロットとロザリンらしきも所属しているように見える。
「それ、多分ゲイボルグだよ?ゲイボルグはスマートフォン持ってるから。いつも私に色々教えてくれるし」
「……ゲイボルグが」
「……まあ、アイツなら十分あり得るな」
「確かに……ゲイボルグは芸達者だからな」
『ヒッヒッヒ!俺にかかりゃあ最新鋭のスマホでもちょちょいのちょいだぜ!』
ロザリン以外の三人の脳内でゲイボルグがニヒルな笑みを浮かべる姿が再生された。
「それなら今朝はどうしたんですか?」
「今日はサロンに行くって言ってたから忘れちゃったんじゃないかな?」
『ヒッヒッヒ!悪ィ、忘れてたわ!』
ロザリンが首を傾げてそう言うと今度はゲイボルグが舌をペロリと出しておどけた様子が脳内に浮かび上がった。
「……うーん、私もスマートフォン持った方がいい?」
「まあ、あっても困らないんじゃないですか?」
「買った方がいいですよ!」
「そうだな、新しいことに挑戦するのは悪いことじゃない!それにスマートフォンなんて今や必需品と言ってもいいからな、持っておいた方がいい!」
双魔はロザリンの自由に任せるような答えだったが、他の二人が食い気味に肯定した。二人とも思うところがありそうだが、いづれもロザリンを思ってのことなのは疑うべくもないだろう。
「それじゃあ、私もスマートフォン買おうかな?後輩君」
「……ん、何ですか?」
アッシュとフェルゼンが話を進める雰囲気だったので手許の書類に目を落としていた双魔にスマートフォン購入を決心したらしいロザリンから声が掛かった。
「今度一緒に買いに行こうね」
「……俺ですか?」
「うん、困ったことがあったら後輩君を頼れってゲイボルグが言ってたから」
(……アイツ……まあ、しゃーないか)
ゲイボルグが何処かで楽しそうに笑っているような気がしてたまらないが約束は約束なので仕方ない。正直なところ双魔は機械には疎いが店に行けばどうとでもなるだろう。
「わかりました、近いうちに行きましょう」
双魔が首を縦に振るのを見てロザリンは雰囲気は嬉しそうなものに変わった。相変わらず無表情だが雰囲気で察せるようになってきたので特に支障はないのだ。
「うんうん、それじゃあデートだね」
「デートって……双魔?」
「違うからな?」
「ハハハ!本当に仲がいいな!アッシュと双魔は!」
「……お腹減った……でもお仕事しなきゃ……」
親友に疑惑の目を向けられ、億劫な眼差しでそれを否定する双魔。一方、原因となった本人は全く気にすることなく仕事に手を付け始めるのだった。
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