第265話 計算通り

 「んー……」


 夜の帳が降り、街の明かりが少しづつ消えていく頃。ロザリンは時計塔の自室でベッドに腰掛けて、足をぶらぶら揺らしながら窓の外を眺めていた。


 窓の外は夕方から舞いはじめた雪がつもり所々白く染まっている。このまま降り続けば明日起きる時間には真っ白な雪景色になっているかもしれない。


 「んー……んー…………」


 ロザリンは唸り声を上げると上半身を後ろに倒した。


 柔らかなベッドと羽毛布団ばボフッと音を立てて迎え入れてくれる。


 「……んー…………」


 天蓋を見上げながらまた唸り声を上げたその時だった。


 キーッ…………


 静かに部屋のドアが開いた。


 「?あ、ゲイボルグ」


 首を動かしてドアの方を見ると今日も何処かへ行っていたゲイボルグが戻ってきたところだった。


 「ヒッヒッヒ!……何か悩み事か?珍しいな」


 ゲイボルグは尻尾で器用に扉を閉めるとロザリンの足元に横たわり頭だけを起してロザリンの方を向いた。


 「……よっこらしょっと……悩み事?なのかな?うーん……よく分からない、かな?」


 ロザリンは身体を起すと首を傾げて足を揺らした。


 「今日は双魔と一緒じゃなかったのか?」

 「うん、ご飯食べてたら後輩君の婚約者さんから電話がかかってきたよ。用事があるから早く帰って来て欲しいって。後輩君にも色々あるだろうしね」

 「そうか……久々の評議会はどうだった?」

 「うん、楽しかったよー。アッシュくんとフェルゼンは相変わらずだし、新しく入ったシャーロットちゃんもいい子だった……ゲイボルグは?最近、後輩君と入れ替わりで何処か行っちゃうけど、何してるの?」

 「…………まあ、ちょっと野暮用でな」

 「……ふーん」


 ゲイボルグの短い沈黙にロザリンは不思議そうな顔をしていたが特に突っ込んでくることはなかった。


 (……ロザリンと双魔が良い雰囲気になるよう、なるべく邪魔しないように……何て言えねぇしな……そもそも、ロザリンが男に興味示したことなんてなかったよな……いくらスカアハに急かされてるとは言え早とちりだったか…………)


 「んー…………」


 ゲイボルグが心の内で自分の見切り発車を軽く悔いているとロザリンが窓の外をぼんやり眺めながら再び唸り声を上げた。


 「ロザリン?どうした、やっぱり悩み事か?」

 「うーん……」


 ロザリンは首を左右に捻るだけで何も言わない。


 「分からないなら話してみろよ。ヒッヒッヒ!見てくれは犬だがお前の何倍も時を過ごしてるんだ。知ってることも多い。それに俺とロザリンの仲じゃねぇか!どうだ?」

 「……うん、今日は後輩君が帰っちゃったからアッシュくんとフェルゼンとご飯を食べたんだけど……」

 「ああ、そうだったのか」

 「うん、だけど……」

 「だけど?」

 「ご飯はすごく美味しかったけど……何か物足りなかったような気がする……どうしてかな?」

 「……ほーう?」

 「ゲイボルグ?」


 いつもは軽い口調に合わせて軽めの声で話すゲイボルグが突然、重厚で真剣な声を出したのでロザリンは窓の外から愛槍に視線を移した。


 「…………」


 ゲイボルグは両の目を閉じて何やら考え込んでいるようだ。もしかしたら自分の感じている違和感にゲイボルグは心当たりがあるのかもしれない。


 ロザリンは黙ってゲイボルグが口を開くのを待つことにする。


 一方、ゲイボルグは冷静な顔を見せておいて心中は疑問が踊りく狂っていた。


 (この反応はまさか…………いや、早計は不味い!が!が!俺の勘が告げている!これは……ロザリンは双魔を少なからず意識しているに違いねぇ!…………多分、恋愛感情までは絶対に行かないが他の奴らとは違う反応の仕方だ……あー、でもな……不安になってきたなって!直接聞いてみればいいじゃねぇか!落ち着け!俺!)


 「……ロザリン」

 「うん、何?」

 「双魔と飯を食った時はどうだった?」

 「後輩君と?何で?」

 「いいから、教えてくれ!」

 「うん、分かった……んー……」


 目を瞑って難しそうな顔をしたゲイボルグの質問の意図がよく分からなかったがロザリンは言われた通りに双魔とご飯を食べた時のことを思い出す。


 最近、はいつも一緒に食べていたが、傍で苦笑いを浮かべながら自分を見る双魔の顔が浮かんだ。


初めに会った時から言い表せない暖かさを感じさせる、ロザリンにとってはなかなか不思議な人物だった。


 付き合いは短いが隣にいてくれると胸が満たされる感じがする。そんなことを考えていると自然と言葉が口から流れ出す。


 「……うん、後輩君と一緒だと大満足、かな?」

 「よしっ!」


 ロザリンの言葉を聞いたゲイボルグは大きな声を出して、カッと目を見開いた。


 「わっ、びっくりした」


 ロザリンが全く吃驚しているようには見えない無表情で驚きを表現するがゲイボルグは聞いていない。


 「ロザリンっ!」

 「うん?」


 ゲイボルグはロザリンの膝を右足でテシテシと叩いた。


 「明日、双魔と一緒に飯を食いに行け!」

 「ご飯?言われなくても行くけど……」

 「店はこの前双魔に連れていってもらったところにしろ!それと、服は制服じゃなくて適当に可愛いのを着ろ!」

 「服?……まあ、いいや。この前のお店ご飯美味しかったし、マスターもいい人みたいだったから楽しみ!」


 ロザリンはゲイボルグの意図は全く察知していないようだが食べ物につられたのか乗り気のようだ。


 幸いなことに過保護な育ての親スカアハから定期的にロザリンの衣服類は送られてくる上に無頓着に見えてロザリンのファッションセンスは悪くない。


 「ふんふんふーん♪美味しいご飯―♪」


 すっかり上機嫌でベッドから飛び降りてクローゼットを開くロザリンと対照的にゲイボルグの表情は真剣そのものだ。


 (頼む……頼むぞ双魔!俺の見立てじゃ、ロザリンの番はお前しかいねぇ……ロザリンは気に入った相手への距離感が近いからな……双魔の女たちには心労増やすようでワリィが……許せ!俺はロザリンが可愛い!)


 契約者のことを思うと過保護にならざるを得ない神話級遺物の、単なるモノではありえない大英雄譲りの情がそこにはあった。

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