第240話 ”後輩君”は”後輩君”
「先輩、こっちの席にどうぞ」
「うん、ありがとう」
普段は自分が座っている壁際の椅子を引いて制服の上に羽織っていたコートを脱いだロザリンを座らせると双魔もコートを脱いでその隣の席に腰掛けた。
ゲイボルグはロザリン椅子の後ろにお座りをしているが身体の大きさから少し窮屈そうだ。
「また、綺麗なお嬢さんを連れて……話に聞いてた許嫁さんじゃなさそうだね?それと、この前言ってた魔術師のお嬢さんでもない……やれやれ、天全譲りかな?ハハハハハ」
「…………いや、この人はそう言うのじゃない」
セオドアは分かっているくせに双魔をからかってくる。双魔が拗ねたように視線を逸らすと今度はロザリンの方を向いた。
「初めまして、お嬢さん。私はこの店の主人のセオドア。よろしければお名前と……そうだな、双魔との関係を教えて欲しいかな?ハハハハハ!」
「私はロザリン。ロザリン=デヒティネ=キュクレイン。……後輩君は遺物科の副議長。私は議長だから、後輩君は私の右腕?」
セオドアの冗談交じりの質問に真正面から答えたロザリンは自分で応えておいて首を傾げている。
「遺物科の……議長か。大したものだ。とりあえず何か飲むかい?」
セオドアは話を聞きながら用意していた円筒状のグラスを双魔の前に置く。
グラスの中には氷と色の濃いお茶、烏龍茶が並々と注がれていた。
いつもはこそこそと酒を飲んでいる双魔だが、ごく偶に人と来るときは烏龍茶を飲んでいる。セオドアは黙ってそれを出す。言われずともそれが出来るのだからバーテンダーの鏡だ。
「……私も後輩君と一緒のでいい」
「かしこまりました。それと……貴殿は高名な遺物と拝察いたしますが、何かお飲みになりますか?」
「お?ヒッヒッヒ!アンタ、気が利くな。俺はゲイボルグ。エールを一杯頼むぜ!」
「これはこれは、かのクーフーリンの愛槍でしたか……どうぞ、お嬢さん。双魔はこれをゲイボルグ殿に」
「ん」
何処から取り出したのかセオドアは大きめのボウルにエールを並々と注いだものを双魔の前に置いた。ボウルの中ではエールがシュワシュワと音を鳴らしながら独特な匂いを醸している。
ボウルを受け取った双魔は椅子から降りてゲイボルグが飲みやすい位置においてやった。
「おう、悪いな。早速……カーッ!美味いじゃねぇか!キンキンに冷えてやがる!最高だぜ!」
エールを口にしたゲイボルグは離れた席で騒いでいる酔いどれ親父たちと同じような声を出している。犬がそんなことを言うのだから傍から見れば不気味を通り越して滑稽だ。
「…………んっ……んっ……あまり飲んだことないけど美味しい……それと、お腹が減った」
隣ではロザリンがマイペースに初めてらしかった烏龍茶をコクコクと飲んでいる。
「ああ、マスター。飯を適当に」
「ああ、分かった」
双魔がセオドアに食べ物を注文した時だった。夢中になってエールを飲んでいたゲイボルグが顔を上げた。
「ああ、ロザリンはかなり食うからな。大量に頼むぜ、それと、エールをお代わりだ!」
ゲイボルグは信じられないことを言いながら空になったボウルを前足でテシテシと叩いた。
「かしこまりました、ゲイボルグ殿。双魔、これを」
「ん…………ああ」
双魔はセオドアから受け取った瓶からボウルにエールを注いでやる。
そして、何となしに両手でグラスを傾けているロザリンを見た。
ほっそりとした身体つきでとても大食いには見えない。
「……?なに?後輩君」
視線に気づいたロザリンと視線がぶつかった。と言っても相変わらず左眼は閉じたままだ。
「いや……そう言えば”後輩君”ってなんですか?」
女性の身体を見回していたバツの悪さと閉じられた左眼については聞いてはいけないような雰囲気を先程から感じていた違和感が救ってくれた。
ロザリンはいつの間にか双魔のことを”後輩君”と呼んでいたのだ。
「うん?後輩君は後輩でしょ?だから後輩君。あと、べつに敬語じゃなくてもいいよ?呼び方も好きにしていいし」
「…………そうか……じゃあ……ロザリンさんで」
「うんうん、それで、ゲイボルグ。そろそろ話して。私も後輩君も何も聞いてない」
「ガブッ!ガブッ!……そう言えばそうだったな」
夢中でエールを飲んでいたゲイボルグは顔を上げて口の周りをベロベロと嘗め回すと惚けた声を出した。
「いいから早く、ご飯が来る前に話して」
「…………」
(ロザリンさんは…………ゲイボルグには手厳しいのか)
風に吹かれる柳のように自由な雰囲気で淡々と話すロザリンだがどうやらゲイボルグには少々辛辣の気があるようだ。
「ヒッヒッヒ!そう怒るなよ!分かった、じゃあ、簡潔に言うぞ」
一瞬、ゲイボルグの瞳がきらりと光った。明らかに何かを企んでいる様子だ。そして、次の瞬間、ゲイボルクが放った一言に、双魔は混乱することになる。
「双魔、しばらくロザリンの面倒を見てやってくれ。ああ、拒否権はないからな!ヒッヒッヒ!」
「…………」
「…………は!?」
沈黙したまま、ロザリンと数秒見つめ合った後、双魔は素っ頓狂な声を上げ、ロザリンは不思議そうに首を傾げた。
「お待たせ、まだまだ作ってるから遠慮せずに食べてくれ」
カウンターの上にはセオドアが出来立ての料理を並べはじめる。
双魔の頭の上には料理から上がる湯気のように、見えない疑問符が幾つも浮かぶのだった。
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