第226話 名無しの”枢機卿”

 感覚にして数時間、現実にして一分ほど経った後、”千魔の妃竜”は言葉を発した。


 『仕方ない。汝らに免じて此度は不問に処す。興が乗った故、妾の愛弟子の名も明かしてもよい。その代わり、余計な詮索は赦さぬ、またこの場にて弟子にを害意を抱かぬことを誓ってもらおう。特にそこの混血の夢魔にはよく誓え。よいな?』

 『わ、分かった!誓う!誓います!貴女のお弟子の魔術師には一切余計なことをしません!ペンドラゴン王家初代宮廷魔術団長マーリンの名において誓います!誓うからこの虫たちどうにかしてくださいーーーーー!!』

 『…………』


 マーリンは必死かつ誠心誠意誓いを口にしているのだが如何せん胡散臭いのか”千魔の妃竜”は数瞬様子を窺った後片手を動かした。


 『あれ!?なにこれ!?何か呪われてない!?僕?ねえ!?』


 マーリンは端正な顔から脂汗をだらだらと流して自分の身体を見回している。


 『貴様は信用に欠ける。よって察しの通り貴様を呪った…………不穏な動きがあれば即時に妾の眷属たちが貴様の空間を埋め尽くす故、そう心得ておけ』

 『分かった!分かりました!だから早く助けてーーー!!』


 マーリンの悲鳴を無視して女影の視線は他の三人と一頭に移った。


 『脅しておいてではあるが……汝らは信用に足ると判断した。妾の愛弟子に、双魔に何かあった時は助けてやって欲しい。それと……約定はヴォーダンとジルニトラ以外、この場の全員に適用される故…………ゆめゆめ忘れるな』


 そう言い終えると同時に”千魔の妃竜”の影は揺らめき、霧のように消えた。


 それに伴い、室内を満たしていた瘴気も消え去り、少し前の正常な空気が戻ってくる。


 「…………ハー……ハーッ!な、何だったのよアレ…………」


 障壁を解いたヴィヴィアンヌは疲労困憊といった様子でソファーの背もたれに倒れ込んだ。


 「いやはや……直接対峙したわけでもないのにここまでとは…………私もまだまだのようだ」


晴久も結界を解除して一息ついた。相変わらずの澄まし顔だが、その額には確かに汗が滲んでいた。


 「子牙殿…………大いに助かった。礼を言う」

 『我からも謝意を……ヴォーダンと我には柔軟さが欠ける。お主がいなければ危かった……』

 『ひょっひょっひょ!礼には及ばん!儂も久方ぶりに背筋がゾクゾクして、存外に楽しかった!』


 ヴォーダンとジルニトラの礼を言われた危機回避の立役者である呂尚は陽気に笑って見せた。


 『ハッハッハッ!……ハーッ……ハーッ!ひ、酷い目に遭ったよ…………』


 瘴気と共にマーリンを取り囲んでいた蟲たちも姿を消したのか、息も絶え絶えの様子でマーリンが声を上げた。


 その顔にはいつもの軽薄そうな笑顔は張り付いておらず、顔色は青く、冷や汗だらけの上で真顔だった。


 「完全に自業自得でしょ!しかも私たちまで巻き込んでこのクソ爺!もうさっさと死になさい!それが世のため人のためだわ!」


 『そんなに酷いこと言わないでよ……悪気があったわけじゃないんだよ、本当に………あー本当に呪われちゃってるよ、これ…………』


 ヴィヴィアンヌに罵倒を浴びせられてもマーリンの反応は鈍く、完全にテンションが下がっていた。


 宣言通り本当に呪われたらしくどんよりと重そうな魔力がマーリンに纏わりついているのが一目でわかった。


 「まあ、あの方相手にそれくらいで済んだのを幸福と思った方が良いと思いますよ、夢魔殿」

 『うーん、確かに……そう言えば僕ってば遊ぼうと思った妖精のカワイ子ちゃんとかにしょっちゅう呪われてたっけ!今回はちょっと呪力が強すぎるけど……いつも通りだね!ナハハハ!』


 晴久に慰められたマーリンはその言葉に納得したのかすぐに持ち前の明る過ぎる明るさを取り戻す。


 その様子をヴィヴィアンヌは絶対零度の瞳で忌々しげに睨んでいた。


 一方、マーリンのことなどどうでもいいとばかりに呂尚たちは全く違う話をしていた。


 『して、許しが出た故聞くが……”千魔の妃竜”殿のお弟子、確か…………”そうま”といっておったのう?お主らは知っておるのじゃろう?』

 『あ、僕も気になる!どんな子なのかな?それくらいなら聞いても多分呪いも発動しない気がする!』


 復活したマーリンが早速話に首を突っ込んでくる。呂尚はそれに呆れた表情を浮かべていた。


 「私も、所属と人柄くらいは知っておきたいわね」


 ヴィヴィアンヌも元から興味があったため前のめりに話に入ってきた。


 その様子を見た晴久とジルニトラは苦笑を浮かべてヴォーダンへと視線を送った。


 「フォッフォッフォ…………許可も出たことだしよかろう。”千魔の妃竜”の愛弟子にして”名無しの枢機卿”その者の名は伏見双魔。あの伏見天全の息子じゃ…………今は我が学園の遺物科に所属し、魔術科では臨時の講師を務めてもらっておる。良い子じゃよ」

 『ひょっひょっひょ!そりゃあ、また何とも……』

 『へー!なかなか面白そうな子じゃないか!』

 「ふーん………」


 双魔を知らない三人は三者三葉の反応を見せる。


 それから、”名無しの枢機卿”改め”伏見双魔”と言う若き魔術師についての話を中心に”叡智”の面々の歓談は夜が明けるまで盛り上がった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「へ……へ…………へっくっ!!」

 「む?ソーマ、大丈夫か?」

 「……ん、ああ大丈夫だ」

 「ほほほ、何処かで噂でもされてるんとちゃう?それとも風邪?布団被って冷えへんようにしないとあかんよ?」

 「坊ちゃま、お風邪を召しては大変です!今、生姜湯を作って差し上げます!」

 「いや、だいじょう……って、もういない……」


 知らぬところで自分の話題で盛り上がられている双魔は大きなくしゃみをしてティルフィングたちに心配されていたのだった。

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