第204話 父娘の水竜
呼び掛けてきたのはカラッとした耳障りの爽やかな男の声だった。大声を出しているわけでもないのに良く響く。
振り返ると白を基調とした鎧に身を包みマントを羽織った体格のいい青年が立っていた。
頭には防具を着けておらず。輝かんばかりの金髪が吹いた風に揺れ、鷹のような眼がこちらを見据えていた。
そして、その手には一振りの大きな剣が握られているの。闇夜の中で強い光を放ち銀と金の剣身が眩しい。さらに清浄な力を周囲に放っているように感じる。
この青年は明らかに只者ではない。
(……もしかして遺物?)
敵意は感じないが声を掛けてきた意図が分からない。何より、この青年を相手にしている暇はない。
イサベルが焦燥に駆られる一方、キリルは現れた青年を見ながら首をひねり、やがて、手を叩いた。
「おお、思い出した!君はガウェイン卿じゃないか!」
(ガウェイン卿……もしかして、キャメロットの!?ってことはあの剣は……)
”ガウェイン”と言えばアーサー王伝説に名高い騎士の名だ。キャメロットの円卓の騎士に他ならない。
「おや、貴殿はキリル=イブン=ガビロール殿か!いや、お久しい!」
如何やら父は彼と面識があるらしい。
「挨拶は後にしよう!今は時間がない!後生だ、君の力で川の氷を溶かしてれないか!?」
「委細承知!」
ガウェインはキリルの要請を聞いて問答を交わすこともなく即座に動いた。
「いくぞ!ガラティーン!」
ガウェインは手にした剣、ガラティーンを凍った水面に差し向けた。
”ガラティーン”とは名高きブリテンの聖王アーサー=ペンドラゴンの愛剣にして、現在、世界一の遺物使いであるジョージ=ペンドラゴンの契約遺物である”エクスカリバー”の姉妹剣にしてその身には太陽神の力を宿すとされる聖剣だ。
ガラティーンの切っ先に眩い光が集まり、辺り一帯は昼のように明るくなった。
先ほど感じた炎の巨人と同程度の熱量がイサベルとキリルに伝わり、一瞬で顔には汗が浮き出た。
「幸い、今は夜だ……やりすぎることもないはずだ!」
ガウェインには「朝から正午まですべての能力が三倍になる」という力があると言う。恐らくそのことを言っているのだろう。
ガウェインは短く息を吸うとガラティーンを両手に持ち替えて頭上に振り上げた。
「ハッ!」
そして、思いきり振り下ろした。剣先の光が収縮し、小さな玉になって氷面目掛けて放たれた。
光玉が凍った水面に触れた瞬間、眩い閃光が生じる。
「っ!」
一瞬、イサベルは目を覆った。光はすぐに収まったようで瞬きをしながら川の水面を見る。
「あっ!」
すると、川を覆っていた氷は跡形もなく消え、普段通りの静かな流れを取り戻していた。
「これでよろしいか?」
「ありがとう!助かったよ!」
「いえいえ、それでは、ジョージ王の名代として王宮に馳せ参じなくてはいけないので、失礼する!」
そう言うや否やガウェインは重厚な鎧を纏っているとは思えない軽業で屋根の上に飛び上がった。
「ガウェイン卿!ありがとうございました!」
イサベルは屋根の上に向けて大声で礼を言った。それがしっかりと聞こえたのかガウェインは立ち止まり、こちらに軽く手を振る仕草を見せると王宮の方角へと消えていった。
「よし、これで問題なくゴーレムを生成できるね。ベル!」
「ええ!」
「僕は小回りが利く小さ目のゴーレムを部隊単位で、ベルは特大のを頼むよ!」
「分かったわ!」
巨大なゴーレムを生成し、操るには膨大な魔力を必要とする。キリルがイサベルに巨大ゴーレムを指示したのは自分よりもイサベルの方が魔力量が多いことを理解している故だった。
キリルは懐から鉱石の粒を大量に取り出し、川に投げ入れた。パシャパシャと水が跳ねる音がする。
「出でよ!”
鋭い声で唱えると川の中で鉱物が光を帯び、次の瞬間にはバシャバシャと音を立てて全身が川の水で形作られた翼幅約二メートルほどの大きさの飛竜が三十頭ほど生成された。
続いて、キリルはポケットから取り出した先ほどより少し大きめの鉱石を握りしめて魔力を込めると宙に放り投げた。
こちらも輝きを帯びると巨大化し、水の飛竜より大きく金属質な見た目の飛竜が出現し、キリルの前に着地した。
キリルはその背に乗り、飛竜はキリルを乗せて浮かび上がった。
「それじゃあ、僕は直接移動しながらゴーレムの指揮を執る!ベルもしっかりね!」
「ええ!」
力強く頷いて見せるとキリルはそれに笑みで応えて飛び立っていった。
「私も早くしなきゃ!」
キリルを見送るとイサベルは持っていた小さなバッグの中から大粒の蒼玉を取り出して川に投げ込んだ。
そして、体内を巡る魔力の流れを整え、両手を水面にかざした。
「汝の体躯は原初の父たるもの、我が力を与えよう……」
詠唱を開始すると水面に小さな波紋が生まれ、それは渦巻くように不自然な流れを生みながら徐々に大きくなっていく。
「侵略せし暴虐の炎を滅ぼす守護の力を与えよう……汝が名は”
詠唱が終わると共に水面は青く光輝き、渦より巨大な水の竜が出現した。
大きさは十数メートルを誇り、東洋の龍の如く細長い体躯をした竜だ。
「よし……行きなさい!」
イサベルが火災の起きている方角に向けて右手をかざすと流水竜は宙を泳ぐように身体をくねらせて飛翔を開始する。
炎を見つければ自動で反応するようにしてあるので取り敢えずは大丈夫だろう。
少し離れた川岸では消防車らしき光が見える。
もしもに備えて川から水を蓄えておくように要請があったのだろう。
「私も向かわないと!」
イサベルは水竜が飛んでいった方角目指して走り出した。
不測の事態が起きた時は術者である自分が近くにいた方が良い。
しかし、走り出したのも束の間、イサベルの足は止まってしまった。
「…………え?」
その理由は目に映った光景が原因だった。
歩みを止めること叶わず、王宮に向かって進撃していた炎の巨人の胸に風穴が空き、動きを止めたかと思うと数瞬でその巨大な影が跡形もなく消えたのだ。
突然のことに驚いたが脳裏には公園で別れた思い人の顔が、身体には抱き留められた感触が鮮烈に蘇った。
(きっと、双魔君ね……)
イサベルの視線の先は街を照らしていた巨大な炎の怪物が消えてなお、大火による明かりに照らされていた。
(私も頑張るから……双魔君もどうか無事で……)
イサベルは止めた足を再び動かし地面を蹴って大火のもとに向かった。双魔への恋慕と心配を胸に。
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