第203話 鎮火への一手
一方、双魔と分かれたイサベルとキリルはテムズ川の近くまで来ていた。
こちらに炎の巨人が向かっては来ないと分かっているのかほとんどの建物の中の明かりがついている。代わりにやはり恐怖はあるのか道に人影はほとんどなかった。
結われていたイサベルの髪は走っている途中でほどけてしまい、風に靡いている。
「お父様」
「ハア……ハア、な、なんだい?」
イサベルは後ろを走る父に呼び掛けた。普段あまり走ることのないキリルは息が上がっているようだが返事が返ってきた。
「その……”
先ほどオーギュストが叫んでいた”エバの心臓”という言葉がなぜかイサベルの胸に引っ掛かっていた。
あの状況で叫ぶとなれば大方、オーギュストの本音、本当に欲しかった物の名が口から出たと考えるのが自然だ。
つまり、自分との結婚はその”エバの心臓”とやらを手に入れるための手段ということになる。この業界ではよくある話なのでそちらは気にならないが、自分のようなつまらない女と結婚してまでオーギュストが欲したものが何なのかは気になった。
イサベルは”エバの心臓”なるものの名を一度も聞いたことがなかった。
「…………うん、これはもう少ししたら教える予定だったんだけど……ハア、ハア……し、仕方ないなっ……ハア……」
愛娘の疑問に答えてくれるようでキリルは走るペースを少し上げてイサベルの横に並んだ。
「ハア、ハア……”エバの心臓”というのはね、ガビロール本家の当主に代々受け継がれている秘宝の名前さ……ハア……」
「……秘宝?」
「うん、ハア……ハア、本来は当主が跡継ぎに家督を譲るときにする話でね……ハア、オーギュスト君がどうして知っていたのか分からないけど……ハア、ハア……」
「そう……それで?”エバの心臓”ってなんなの?」
「フウ……フウ…………く、詳しい話はまたそのうちするけど……簡単に言うと偉大なる”
「ゴーレム使役の奥義……」
イサベルは走りながら思わず喉を鳴らした。自分が目指すべき目標の道標。それが存在したことに驚き、そして、偉大なる先祖のことを思い浮かべると身が引き締まる思いになった。
「と、ところで……ハア、ハア……川は……まだかな?ッハァ……ハァ……」
キリルの疲れた声にイサベルは思考の世界から帰ってきた。周りの景色を見て自分たちの位置を確認する。
「ここは……お父様!もう少し頑張って!そこの角を曲がればすぐよ!」
「わ、分かった!フウ、ハア……」
キリルから息も絶え絶えといった感じの返事が返ってくる。
そして、二人は角を曲がり、川縁に辿り着いた。
丁度、小舟に乗り降りするために短めの桟橋が掛かっていたのでそれ目掛けてラストを掛ける。
ロンドンは石造りの建物が多く通常の火災ならそう燃え広がらないだろうが今回は事情が異なる。
何しろ火は自らの足で動く上に魔導に関わる類だと推察できる故、燃え広がるのが早いのだ。
(直ぐにゴーレムを……)
「なっ!」
張り切って桟橋に踏み込み水面を覗き込んだイサベルは言葉を失った。
「ハア……ハア……しまった…………」
少し遅れて到着したキリルも水面を見て息を整えながらその表情を曇らせた。
なんと、昨日からの寒さで川が凍ってしまっていたのだ。暗くてよく見えないが氷の厚さはかなりありそうだ。
精度の高いゴーレムを生成するには一度この氷を水にしなければいけない。
「……っ!」
イサベルは咄嗟に顔を上げ、王宮の方を見ると巨人はかなり歩みを進め、通った場所は大炎が上り空が煌々と輝いている。
「お父様!とにかく氷を溶すわよ!」
「うん……しかし、間に合うかどうか……」
「いいからやるの!」
「あ、ああ!」
イサベルとキリルは息を整えると両手を水面へと向けた。
(余裕は……ないのに!)
背に冷たい汗が伝う。消火活動は他の団体も人員を割いているはずだが火は収まっていない。肩にずっしりと重いものを感じる。
「そこなお二人!高名な魔術師と見える!お困りごとか?」
「えっ!?」
その時だった、背後から何者かが呼び掛ける声がイサベルとキリル、二人の耳に届いた。
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