第176話 おめかし傀儡姫
「ここか……こんなホテルまだあるんだな……まあ、ブリタニアなら普通っちゃ普通か」
足を速めた双魔は路地を抜け、大通り沿いに少し歩き、イサベルから送られてきた位置にやって来た。
目の前には古めかしい造りで、そのくせ妙に大きく、見上げるのも面倒なほど高い建物が建っている。
「「…………」」
門のような入り口も建物と同じく大きく、両脇には今の時代では珍しい、全身甲冑を装備した屈強な衛兵が立っている。
(…………まあ、ここだって言うならしゃーないか…………何か嫌な予感がするな)
片目を閉じてこめかみをグリグリと刺激しながら入り口に近づく。
「…………」
ガチャッ!玄関前まで進み、ホテルの敷地内に足を踏み入れようとすると双魔の行く手を長大なハルバードが遮った。
ハルバードの横に視線をスライドさせるとフルフェイスのヘルメットの隙間からギロリと鋭い眼光が双魔に向けられていた。
「貴殿はこのホテルに何の御用か?」
「ん……ちょっとした待ち合わせだ」
「待ち合わせ?」
「ああ、女の子を待たせてるんだ」
「ふん!ふざけたことをぬかすな!ここは各界の要人の方々など限られた者しか入れん由緒あるホテルだぞ?見たところ王立魔導学園の関係者のようだが…………貴殿のような子供が入るところではない!」
「……そんなこと言われてもな」
「どうしても入りたければ紹介状でも持ってくるのだな。そうしたら私も引き留めずに入れてやることが出来る」
「……参ったな」
衛兵は双魔に嫌がらせをしているわけではなく、職務を全うしているだけのようだ。そうなると強行突破は申し訳ない。何より面倒事に繋がりそうだ。
(さて、どうするか……)
双魔が再び親指をこめかみにやった時だった。
「双魔君!」
「ん?」
門の内側から最近よく聞いている声がヒールが大理石の敷石を叩く音が聞こえてくる。
そちらを向く、するとそこには待ち合わせの相手が立っていた。
「…………」
双魔は思わず息を飲んだ。同じように歩いてきた少女に視線をやった衛兵もヘルメットの中で同じような反応をしたのだろう。一瞬、緊張の糸を切らしたように圧が消えた。
「ごめんなさい!はぁ……遅くなってしまって……はぁ…………ふぅ……」
余程慌てて来たのか肩で呼吸をしていたがすぐに整え、耳の前に垂らした遊び毛を数度撫でると照れくさそうに微笑んだ。
「迎えに来ましたよ、じゃなくて!来たわ!今日はよろしくね!」
目の前に現れた美少女、もちろん約束相手のイサベルなのだが出で立ちが普段と些か、否、ガラリと変わっていた。
いつもローブの下には印象に残らないような機能重視な服を着ていたが、今は白地のトップに竜胆色から青紫、紅掛空とグラデーションの掛かった綺麗なバルーンスカートを穿き、肩には白いレースのカーディガンを羽織ったとても華やかな衣装だった。
髪もいつものサイドテールではなく編み込みを入れ、薄く化粧をしているのか元々大人らしかった雰囲気がより洗練されている。
視線が高いのは普段と違いヒールが高めの靴を履いているからだろうか。
「……どうしたの?双魔君?」
黙って自分を見ている双魔が不思議だったのかイサベルが首を少し傾げた。
「……ん?い、いや!何でもない!」
人間は誰しも突然起こる出来事に弱いものだ。
双魔の脳内は今までの数年間の見てきたイサベルとは全く違った姿を見ていい意味でも悪い意味でも動揺していた。
(青…………昨日の質問はそう言うことだったのか…………)
イサベルが昨日通話を切る直前にした「どの色が好きか?」と言う質問にも合点がいった。
不意打ちの上に自分の好みに合わせてくれたイサベルに胸がこそばゆくなる双魔であった。
「そう?あら、衛兵さん?何か双魔君とお話していたみたいですけど……どうかしましたか?」
イサベルに声を掛けられた衛兵も呆けていた状態から戻ってきてガシャリと鎧を鳴らして居住まいを正した。
「は、はい……実はですね……」
鎧に身を包んだ大男は滅多に見ることのない段違いの美人を前に緊張を残しながらもごもごと少々煮え切らない口調で説明をはじめるのだった。
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