第五章「お見合いの行方」
第175話 決戦前夜の電話
いよいよやって来たお見合いの日、空は晴れ渡り風も少なく、極めて好天だった。
ただ、気温は嫌に低くテムズ川の水面は凍りつき、船の行き来はないようだった。
陽が昇って数時間後の午前十時半過ぎ、ウエストミンスター寺院の傍の細い路地を一人の少年が歩いていた。
今日の主役の片割れと言って差し支えない人物、我らが伏見双魔だった。
(……昨日はあの騒ぎが気になって余り眠れなかったからな……少し頭が痛い…………)
「…………ふぁぁ……ぁふ…………」
あくびを噛み潰し、フラフラとした足取りで歩いている一方、身だしなみは完璧と言っていいほど整っていた。
皺ひとつないワイシャツにスラックス、ベストを着込みスーツを羽織りぴっしりときめている。
トレードマークの黒と銀の入り混じった髪も普段とは違いぼさぼさではなく、整髪剤でオールバックに整えられて、表情を差し引けばかなり凛々しい。
正装の方が良いだろうと言う見立てから外套には魔術科のローブを選んだ。
「…………約束は十一時前だったか……少し急ぐか」
双魔は首を左右に軽くひねり、こめかみを親指でグリグリと刺激すると背筋をしゃんと伸ばしてスタスタと約束の場所まで足を早めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
言い方はあまりよろしくないがお見合いを台無しにするため、恋人を演じることを了承した際に詳しいことは改めて連絡すると言っていたイサベルは、約束通り一度、時間や場所を書いたメッセージを送ってくれた。のだが、昨晩、そのイサベルから電話が掛かってきたのだ。
その時、双魔はいつもより早めに風呂を済ませ、丁度、着替えて脱衣所を出たところだった。
バスタオルで頭をガシガシと拭きながらリビングにやってくると食卓の上に置いておいたスマートフォンが明滅して着信を知らせていた。
画面を見ると開けてきた相手はイサベルだった。
「もしもし?」
『あ、双魔君、こんばんは』
電話の向こうからはもちろんイサベルの声が聞こえてくるのだが、何やら慌てているような、申し訳なさそうな感じの声だった。
「ん、こんばんは……何かあったのか?」
『そのことなんだけど…………』
「明日はなくなったとかだったりするか?」
『い、いえ……そう言うことではないのだけど……その、お父様は明日到着する予定だったのだけど』
「何だ?早く着いたのか?」
『え、ええ……その、すっかり明日私の結婚相手が決まると思ってるみたいで…………愛娘とゆっくりと二人で話したいとか言って……』
双魔の脳裏には以前、両親と合った時に酔っ払った母が「双ちゃんも、いつかはお嫁さんのものになっちゃうのね……そんなの嫌―!」と訳の分からない駄々をこねられた記憶が蘇る。
世の中の親と言うのは得てして子煩悩な者が多いようだ。
イサベルの父の気持ちは最もだろう。
「まあ、それは仕方ないな……それで?」
『その、お見合い相手には既に伝えたらしいんだけど、場所がウエストミンスター寺院の近くのホテルの上層階にあるラウンジに変わったわ。この後、地図を送っておくわね。直前にごめんなさい…………』
「ん、別に構わない。時間は?変わらないのか?」
『ええ、時間は伝えた通り、明日はホテルの玄関で待ってるわ』
「ん、分かった。じゃあ、また明日な……親父さんの話、しっかり聞いてやれよ?」
『はい、じゃなくて!え、ええ、それじゃあ、明日はお願いね…………おやすみなさい』
「ん、おやすみ。また明日な」
『あ、少し待って!』
「ん?どうした?」
会話が終わる流れだったのだがイサベルが双魔を呼び止めた。
『その……双魔君は白と青と緑と……それから桃色の中ならどの色が好きかしら?』
「…………その、中なら青……だな」
『青……青ね……青、分かったわ!それじゃあ、今度こそまた明日!』
「ん……ああ、明日な……」
通話を切った双魔は、イサベルの質問と双魔の答えの何か決心したような声に首を傾げるのだった。
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