第134話 野郎たちの涙
授業開始から少し経った頃、双魔も現実を少しずつ受け入れはじめたのか、前のめりになっていた身体をもとに戻して、背中を椅子に預けて視線を送っていた。
ふと、鏡華がこちらに振り向き視線が合った。
「…………♪」
ひらひらと嬉しそうに手を振ってくる。
「……………………」
仕方ないので手を振り返してやると満足そうな笑みを浮かべて顔の向きを黒板に戻した。
黒板には人体図が描かれ、様々な書き込みがしてある。が、上手く頭に入ってこない。
普段の授業も話半分に聞いていることが多いのだが、今日は猶の事頭に入ってこなかった。
「…………」
隣ではアッシュが真剣な表情でノートを取っている。先ほどの驚きようからの切り替えが凄まじい。
双魔も見習いたいところではあるが、今はそんなことを考えている暇はない。
(不味い…………不味いぞ…………凄まじく嫌な予感がする…………)
当然の流れだがこの授業が終わった瞬間に多くのクラスメイトが鏡華の周りに殺到するだろう。そこはいい。双魔は鏡華に対してやましいことはないし、逆もまた然り。鏡華も下手なことは言わないだろう。
問題は自分の方だ。教室に入った後と鏡華が入ってきた後の計二回、双魔は謎の悪寒に襲われた。
一度目は鏡華の不意を突く転入への悪寒。
「…………」
「…………」
そして、もう一つは、今もチクチクと刺さっているクラスメイト、取り分け男子からの鋭い視線だろう。
このまま授業が終われば確実に絡まれる。空港から直接登校し既に疲労困憊な双魔はいち早く家に帰りたいのだ。絡まれるわけにはいかない。
(どうする…………面倒な…………)
そんなことを延々と考えているたのだが、如何せん疲れから頭が働かない。思考が堂々巡りを繰り返しているうちに無情にも時計の針は歩みを進める。
そして、授業の終了を告げる鐘が鳴った。
「んー…………じゃ、今日はこれで終わりだ。お疲れさん」
ハシーシュは授業の終わりをしながらふらりと立ち上がる。
「あ、そうだ…………六道」
「はい?」
「こいつらとの話が終わったら私の部屋に来い。案内は…………」
ハシーシュの視線が教室の中を数瞬彷徨い、そして後方に定まった。
「オーエン、案内してやってくれ」
「僕ですか?わかりました!」
転入生と話してみたかったのか、アッシュはハシーシュの突然の頼みを快く引き受けた。
「頼んだ…………んじゃあ、解散」
そう言い残すとハシーシュは安綱で肩を軽く叩きながら、身体を引きずるように教室を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ハシーシュが教室から出ていった瞬間、教室に残された生徒たちは一斉に動き出した。
人の流れは大きく二手に分かれた。
片方は教室前方、もう片方は後方だ。
迫りくる男子たち、双魔は即座に動いた。が、疲れた頭と身体が上手く働いてくれるわけもなく、立ち上がる前に囲まれてしまった。
「「「「…………」」」」
何とも言えないむさ苦しい空気が立ち込める。嫉妬だろうか、厳しい視線が四方から身体に刺さる。
「おい……アッシュ…………」
助けを求めようと隣の席を見た。しかし、そこに親友の姿はすでにない。
「初めまして!僕はアッシュ=オーエン!よろしくね、六道さん!」
「あらぁ、ご丁寧に。うちは六道鏡華言います、双魔からお話は聞かせてもろてるよ?よろしゅうね」
「本当!嬉しいな!」
そんな会話が前から聞こえてきた。どうやら助太刀には期待出来ないようだ。
「おい……伏見」
双魔を取り囲む男子たちの中で一番体格のいい坊主頭がドスの聞いた声を出しながら正面から見下ろしてくる。
坊主頭と額の傷がトレードマークの巨漢の名はウッフォ=グリュックス。厳つい見た目とは裏腹に奇策でさっぱりとした好漢である。アッシュと共にクラスをまとめ上げている気のいいやつだ。
そんなウッフォが険しい目つきで双魔を見下ろしている。
「…………なんだよ…………っ!」
大きな身体を見上げて双魔が疲れた声を出した途端、両肩を強く掴んで凄んできた。
「あの転入生の話…………本当か?」
ウッフォは底冷えするような声で双魔を問い詰めた。
「……………………」
沈黙する双魔に男子生徒たちがゴクリと喉を鳴らした。双魔の肩に置かれたウッフォの大きな手も汗ばんでいるようで少し気持ちが悪い。
「ん………………まあ……うん」
頭が良く働いていない双魔は一言で返事を済ませてこくりと頷いた。
「「「…………っ!!?」」」
それを聞いた男たちの目から、大粒の涙がぽろぽろと零れだした。
「く…………クッソー!!!!」
ウッフォが号泣しながら絶叫した。
「「「うおおおおぉぉおん!!」」」
それに合わせて他の男子たちも突然男泣きをはじめた。
「キャーー!それ本当!?」
「素敵!」
「六道さんったら幸せ者ね!」
一方、鏡華の周りでは黄色い歓声が上がっていた。
(…………向こうは何の話をしているのやら…………っ!?)
そんなことを考えた時だった。掴まれた両肩が前後に激しく揺らされた。
「おっ?おっおっ!?」
ぐわんぐわんと身体と頭が揺れる。
「う、嘘だと言えよ!お前!ふざけるなよ!ただでさえ魔術科の女子からは人気があるじゃねぇか!」
ウッフォが涙を流しながらそんなことを言う。
「そうだ!」
「何でお前ばっかり!?」
「俺たちだって女の子と仲良くしたいのに!」
最早、言わずもがなだが双魔を取り囲んでいたのは所謂”非モテ”と言う部類の男子たちだ。
皆、気はいいのだが、何分がっつき過ぎるのと下心を隠すのが下手なせいで今まで女性とお付き合いをしたことがないらしい。
遺物使いと言っても、一般人で言えば高校生と同じ年代。色恋事や異性への興味関心が絶えない年頃だ。交際相手がいないという現実を鏡華の登場によって改めて突きつけられてしまった彼らが双魔に当たるのも分からないでもない。
「チクショー!!!」
がくがくと何度も双魔を揺らしながらウッフォたちは悲嘆に暮れる。
「おっ…………おえっ…………」
一方、揺らされている双魔もピンチに陥っていた。疲れと乗り物酔いの感覚がぶり返してきたのか段々と吐き気を催してきてしまったのだ。
「や、やめっ…………」
「止めろ」の言葉が出てこない。このままだと本当に吐いてしまう。もう駄目だ、そう情けない覚悟を決めた時だった。
ジリリリリリン!ジリリリリリン!
古風な電話の音がどこからか響いた。
「チクッ…………?」
その音に双魔を揺らしていたウッフォの手が止まる。音源の場所を探る。着信音はどうやら揺らされ続けて顔が青くなっている双魔のポケットから聞こえているらしい。
「おい、伏見、しっかりしろ!電話、掛かってきてるぞ!」
「ん……あ、ああ?」
「スマホ、鳴ってるぞ!」
「ん、本当だ…………悪いなちょっと外すぞ」
明滅している画面を確認すると双魔はよろよろと立ち上がり、教室の外に出ようとする。
双魔包囲網はそれを妨げることなく解かれた。
皆一様に「まあ、電話なら仕方ない」といった表情を浮かべている。
ここでもう一度言っておくがウッフォたちは少し思慮が足りないだけでいい奴らなのだ。
良心も常識もしっかりとある。が、拭いきれない残念さが彼らに彼女が出来ない理由である。
「「「…………うおおおおぉぉおん!!」」」
教室に残された彼らは再び男泣きをしはじめた。
いつの間にか教室前方で鏡華を囲っていた一団も居なくなっている。
遺物科の校舎にはしばらく、愛すべき馬鹿たちの鳴き声が響き渡っていた。
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