第133話 回想、大樹の下で
荘厳な大樹。その大きさを人の定めた単位に押し込めるのも愚かだと感じさせる巨樹。
九つに分かれた枝と三本の大きな根。
その内の一本の根元には川が流れ、その中流に咲き誇る花々と手入れの行き届いた芝生に囲まれた一軒の水車小屋とそれに隣接した小さな家が建っている。
空は青く晴れ渡り、穏やかな陽射しの元、家の少し離れた場所には一本のパラソルが立てられていた。
その下には丸い机と椅子が三つ。
双魔はパラソルの下、椅子の背もたれに身体を預けて分厚い本のページを捲っていた。
着崩したワイシャツに下はベージュのチノパンといったカジュアルな恰好でくつろいだ様子だ。
「…………ふー…………ん、んん」
膝の上の本から顔を上げて一息つく。長時間酷使して疲れた瞳を閉じて瞼の上からマッサージする。
しばらくそうした後で、巨大な樹を見上げる。
「…………はあー…………」
そして、大きな溜息をついた。それと同時に、双魔はロンドンに戻ってきてからの慌ただしい数日間の回想の世界へと赴くのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「改めまして、うちの名前は六道鏡華。皆はんのクラスメイト、伏見双魔の婚約者をやらせてもろてます。どうぞよしなに」
「「「「「はあああああああああああああああ!?」」」」」
一昨日、事前に何かを伝えることもなく鏡華が転入してきたのが双魔が小さな騒ぎに巻き込まれた原因だった。
クラスメイトの多くが教室の前と後ろを目を見開いた顔を行ったり来たりさせている。
「い、今、婚約者って言ったよな?」
「ああ、言った…………」
「キャー!聞いた聞いた!?婚約者だって!」
「伏見君……いつもやる気なさそうな顔して…………なかなかやるわね……いつの間にか可愛い遺物とも契約してたし」
「畜生!チクショー!!」
ガヤガヤガヤガヤと教室内は昼間の人通りが少ない商店通りよりも騒がしくなる。
「…………」
隣に座るアッシュでさえ口をパクパクさせながら、双魔と鏡華を交互に見ては目を丸くしている。
「…………あー!うるさーい!」
はじめはニヤニヤと面白そうに静観していたハシーシュだったが段々と大きくなる生徒たちの声に耐えかねたのか、頭をガリガリと掻きながら少し大きな声を出した。
ハシーシュのハスキーな声は不思議とそこまで大声を出さなくても響く。
すぐに教室内は水を打ったように静かになった。
「…………」
鏡華はオロオロと惑うこともなく、静かに笑みを浮かべて、はじめと同じ位置から動かずに教室が静かになるまで立っていた。
ハシーシュの首が振り子のようにグリンと鏡華の方に向いた。
「六道、授業は基本自由席だが面倒だから今日はその辺に座っとけ」
そう言っていつの間にか摘まんだ白チョークで教卓の前の辺りを指す。
「はい、わかりました」
鏡華はハシーシュに言われた通り、教卓の右斜め前辺りの席に座った。
「お前らも六道に色々と聞きたいことはあるだろうが授業が終わってからにしろ、いいな?」
「「「「はーい!」」」」
生徒の大多数がハシーシュの言いつけに返事を返す。
「んじゃ、今日の授業を始めるぞー…………」
いつも通り、ハシーシュのやる気の籠っていない声で授業が始まった。
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