第129話 恋する乙女に壁はなく

 京都を出発して二日と半日後、双魔はいつもの階段教室の一番後ろの席で突っ伏していた。


 隣ではアッシュが心配そうな顔でその様子を見ている。


 「…………双魔、大丈夫?」

 「…………大丈夫……そうに見えるか?」

 「アハハ…………見えないかな…………」


 双魔は苦手な乗り物を乗り継いでロンドンの寮に帰ってきたその足で学園に直行してきたのだ。油断すると、既に空になった胃袋からない筈の何かが戻ってきそうだ。


 何故ここまで無理をして学園に来たかと言うと、先ほど珍しくハシーシュから連絡があったからだった。


 電話に出たのは左文だったがかなり強い口調で『来い』とだけ伝えられたらしい。


 左文は双魔の様子を見て、休んで後で伺ってはどうか言ってくれたが、後回しにして面倒ごとに巻き込まれるのも嫌だったので、今、無理をしてここにいる。


 「今回は長く日本に帰ってたんだね。何かあったの?」


 魔導学園は各国からの留学生も多いため比較的冬期休暇が長く設けられている。が、双魔は三日遅れで帰ってきた。小耳に挟んんだ話だと魔術科の選挙もすでに終わったらしい。


 「ん…………また後で…………土産を渡すときに話す…………」

 「そっか。分かった…………そろそろ安綱さんが来るはずなんだけど」


 アッシュは壁の時計を確認した。授業開始時刻の二分前。ハシーシュはいつも通り遅れてくる筈だが、安綱が出席簿を脇に抱えてやって来る頃だ。


 その時、教室の入り口が開いた。生徒たち全員の視線がそこに集まる。そして、皆の顔が驚きに染まった。


 「はいはい…………おはようさん…………」


 気怠げな声で投げやりな挨拶をしながら教室に入ってきたのは、白衣を身に纏い、血色の悪い顔にモノクルを光らせた背の高い女性、すなわち、ハシーシュ=ペンドラゴンその人だった。


 教室がにわかに騒めく。


 「先生が時間通りに来るなんて!?何があったんだ!?」

 「今日は空から槍でも降ってくるのかしら!?」

 「ニセモノだ!ニセモノに違いない!」


 散々な言われようだが普段の行動を鑑みれば文句など言えるはずもない。と言うか、本人は全く気にしていない。


 後から入ってきた安綱が教卓に備え付けてある椅子を引くとハシーシュはそこに倒れ込むように座った。


 いつも通り白衣のポケットから栄養ドリンクを取り出すと一気に煽る。


 「んぐっ……んぐっ…………プハ―!…………安綱、ご苦労」


 そう声を掛けられた安綱は刀へと姿を変えてハシーシュの手に収まった。


 時間通りに来たとは言え、振る舞いは普段と変わらないので、教室の騒めきは収まっていたが、ハシーシュの発した言葉で再び教室が騒がしくなった。


 「あー。今日は転入生がいるので紹介する……事情があって年齢はお前らより一つ上らしいが仲良くしてやれ…………問題起こされると私が面倒だからな…………」


 投げやりに報告していいことではない類のことをハシーシュは死んだ目で取り出した紙煙草を加えながら言い放った。


 「転入生!?」

 「そんなこと全然聞いてないぞ?」

 「先生!性別は?」


 一人の生徒の質問に、教室内の視線がハシーシュに集まる。


 「あー?…………女」

 「「「よっしゃー!」」」


 男子の数名が立ち上がってガッツポーズを決める。


 「なんだー…………女の子か…………でも可愛い子かしら!?」

 「可愛い子って……私たちより年上って言うじゃない、失礼よ」

 「確かに…………でも、どんな人かしら?」


 女子たちも一瞬、落胆したが何だかんだ言って期待はしているようだ。


 一番後ろの席に座っていたアッシュも少しそわそわしていた。


 「双魔!双魔!転入生だって!どんな人かな!?」

 「…………あー…………」


 しかし、隣の双魔は突っ伏したままで生気のない声を出して反応するだけだ。


 「双魔……疲れてるのは分かるけど副議長になったんだし、他の人にもっと関心を持たなきゃダメだよ!」

 「…………おあ…………」


 アッシュの言葉もまともに耳に入っていないのか双魔はうわごとような声を出すだけで頭を上げない。


 「もう!」


 アッシュが呆れていると、ハシーシュが廊下の外に声を掛けた。


 「じゃあ、入って来て自己紹介しろー…………」


 呼ばれた転入生が引戸を開いて教室に足を踏み入れた。一瞬、教室の中が静まり返った。


 しかし、すぐに男女問わず声を潜めて話しはじめる。


 「うそ!凄い美人!」

 「…………綺麗だ」

 「東洋人っぽいな……中華か?それとも日本かな?」


 教室に入ってきたのは東洋人の少女だった。


 遺物科の白い制服に、長く伸ばした黒髪が良く似合っている。頭には見慣れない花飾りをつけているが、それも嫋やかな少女の雰囲気に良く似合っている。


 例に漏れず、アッシュも隣の双魔の肩を叩きながらテンションが上がっている。


 「双魔!凄い美人さんだよ!黒い髪が綺麗な!」

 「……………………」


 双魔は完全に沈んでしまったのか返事もしなくなってしまった。


 一方、教壇の前では転入生が立ち止まって、一礼していた。その所作の美しさに当てられて教室内が完全な静寂が訪れた。


 「…………」


 ふと、紅い華の髪飾りを揺らしながら、ゆっくりと頭を上げた転入生が教室後方に視線を送った。が、すぐに視線を前に移して嫋やか笑みを浮かべた。


 「……初めまして」


 鈴の音のように澄んだ穏やかな声、不思議と教室内に響き渡る。


 「………………んっ?」


 少女の声に反応するかのように突っ伏している双魔が声を上げる。


 「うちの双魔、旦那はんがお世話になっております」


 教室内生徒が一斉に振り向き、視線が転入生から教室後方、最上段の席に集まる。


 「双魔!双魔!転入生さんが双魔のこと言ってるよ!?知り合いなの?」


 アッシュは双魔の肩を強く揺すった。


 「…………なんだよ?俺は調子が悪いんだって…………」

 「いいから!見て!」


 ショボショボと開いているのか、開いていないのか分からなかった目がアッシュによって見開かれる。


 「痛い痛い!分かった、分かった!転入生が来たんだろ?だからなん……だ…………よ?」


 アッシュを振り払って目を擦りながら前を見る。と、そこには見知った少女がひらひらとこちらに向かって手を振っていた。


 「……………………」


 目を見開いて絶句する双魔を数瞬見つめた後、黒髪の少女は視線を再び同じクラスの仲間となった生徒たちに戻した。


 「改めまして、うちの名前は六道鏡華。皆はんのクラスメイト、伏見双魔の、フィアンセをやらせてもろてます。どうぞよしなに」

 「「「「「はあああああああああああああああ!?」」」」」


 教室内に響くクラスメイト達の絶叫に、面白そうにニヤつくハシーシュ、隣で絶句しているアッシュ。双魔の学園生活はまだまだ賑やかになりそうであった。




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 曼珠沙華の花言葉『また会う日を楽しみに』、『想うは貴方一人』







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