第124話 謎の靄の正体
突然現れた謎の少女は微笑みを浮かべて立っていた。
蒼く自分の背丈ほど長い髪、陶磁のように白い肌、蒼玉の如く輝く瞳。
少女は「初めまして」と言った。その言葉は正しく、双魔が目の前の蒼き少女に会うのは初めてだ。
しかし、どこか既視感を感じる。言い表せない思いが双魔の胸中を堂々巡りする。
「あら?あらあら?私、お姉様の契約者さんは男の方と聞いていたのですが?女の方だったんですねぇ…………驚いてしまいましたわ!」
少女が楽しそうに身体を揺らす。それに合わせて純白のドレスと帽子もふわふわと揺れた。
「…………お前は何者だ?目的は?」
双魔の問いを聞いて少女は目を丸くした。
「ああ!そうでしたわ!私、山縣さんをお救いに参りましたの!ご主人様のご命令で」
少女の視線が鏡華に縛り上げられたまま気絶している山縣に向く。
少女の口から山縣の名が出た。と言うことは、この少女は山縣が言っていた「お客様」の関係者なのだろう。
苦労して捕えた山縣をそう簡単に渡すわけにはいかない。
「…………あら?あらあら?山縣さん……もしかして…………はー……もう駄目になってしまっていますわね…………仕方ないですけど、諦めましょう」
何かが気に召さなかったのか少女は山縣のことをあっさりと諦めた。
そして、視線を双魔に戻した。
「契約者さん、私、お姉様とお話がしたいのですけど…………よろしくて?」
どうやら、”お姉様”とはティルフィングのことを言っているらしい。
「…………悪いんだが…………ん?」
双魔が「無理だ」と断ろうとした時だった。
双魔の身体が一瞬光り、白銀の乙女から元の身体に戻る。辺りの紅氷が消え去り、ティルフィングの剣身も白銀から黒に戻り、そのまま少女の姿に変わる。
「…………む、む?おお、ソーマ!いつの間に終わったのだ!?」
目を開いたティルフィングは首と髪で隠れていない左眼を動かして状況を確認すると驚いていた。
「…………双魔…………どないなってるん?」
「…………分らん…………どういうことだ?」
双魔と鏡華は絶句した、どこか既視感を覚えた少女。それもそのはずだ、目の前の蒼き少女は、ティルフィングと瓜二つなのだ。
向こうの方が背が少し高く、右眼は髪で隠れていないが、とにかく似ている。言い方は雑だがティルフィングの色違いとしか言いようがない。
「まあ!お姉様!やっとお会いできましたわね!」
少女は喜びを露にする、余程ティルフィングに会いたかったのだろう。
一方、ティルフィングは少女を数瞬見つめた後、顔をしかめた。
「…………むー…………其方、誰だ?」
少女の顔が悲しみに一変する。二人、いや、少女もティルフィングと同じく遺物だろう。二振りの関係はどのようなものなのか。それに、彼女の言う”ご主人様”という存在のことも気になった。
「…………改めて聞く、お前は何者だ?せめて名乗れ」
悲嘆にくれた少女の顔が勢いよく双魔に向く。
「煩いですわ!私のことなんてどうでもいいでしょう!!?ああ!お姉様!どうして私のことを覚えていないのですか!!?」
少女の現れた時の嫋やかさは鳴りを潜め、血走った、狂気を孕んだような蒼眼でティルフィングを見つめる。
「む…………むむむ…………」
ティルフィングは本気で見覚えがないのか、珍しく困惑しているようだ。
それも当然で、もし、本当に目の前の少女とティルフィングが姉妹、もしくは知り合いであったとしても、ティルフィングの記憶は何故か失われているのだ。
「少し落ち着け!よく聞け!ティルフィングはな…………」
この事実を聞けば少しは話が出来るかもしれない。事件の黒幕の関係者なのは間違いないが今のところ敵意は感じられない。「記憶喪失なんだ」と伝えようとした瞬間だった。
「いくら言われようと我は其方を知らん!妹などいないはずだ!」
混乱に限界が来てしまったのかティルフィングが少女にピシャリと言い放った。
「……………………」
「……………双魔」
「………いい…………鏡華、何も言うな」
項垂れる双魔に声を掛けながら鏡華が優しく背を撫でた。思わず涙が出そうだ。
一方、少女は美しい顔を歪めていた。
「あああああああ!!!私は!こんなにもお会いすることを待ち望んでいましたのに!覚えていらっしゃらないなんて!!お許しするわけにはいきませんわ!」
周囲の空気が急激に熱を帯びていく。
少女の長い髪が炎の様に逆巻き、蒼い剣気が吹き上がる。
「お姉様なんて…………お姉様なんて嫌いですわ!!!」
少女の蒼い剣気は爆炎を生み出し、渦を巻いて双魔たちに放たれた。
「其方など知らんと言っているではないかーーー!!!!」
ティルフィングも膨大な紅の剣気を少女に向けて放つ。
蒼炎と紅氷がぶつかり合う。両者の力は互角なのか二つの剣気は拮抗する。
余波で山縣の屋敷は完全に崩れ去り、あるところは燃やし尽くされ、あるところでは氷の柱が幾本も建つ。
「お姉様ぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
「知らんと言っているぅぅぅぅう!」
両者とも目の前の相手に夢中だ。これは完全な好きと言っても過言ではなかった。
「…………鏡華」
「はいはい!”照魔の射光”!」
相手が自分から名乗らないのならば、こちらから看破してやればいい。
鏡華が浄玻璃鏡の鏡を怒り狂う蒼き少女に向け光を放ったその瞬間だった。
「ッ!?」
「これは!?」
先ほど山縣から抜け出て消え去った、謎の黒い靄が再び出現し、浄玻璃鏡の光を遮ったのだ。
「なにこれ!?」
”照魔の射光”は少女には届かず、黒い靄に当たった。のだが、全てを映し出すはずの鏡面には何も映らない。
「玻璃!?どういうこと!?」
(ふむ…………これは…………神…………か)
「神?」
浄玻璃鏡の権能は数多の範囲に及ぶが、神は映し出せないと祖父から聞いたことがあった。
「双魔、あの黒い靄!神さんやって!」
「…………神だと?」
双魔が鏡華の言葉を聞いて眉をひそめたその時だった。
激しくぶつかり合っていたティルフィングと少女の剣気が収まる。
「逃げるのか!?」
ティルフィングが斜め上を睨んで鋭い声を上げた。
そちらに視線を向けると、黒い靄に包まれて蒼き少女が宙に浮かんでいた。
「逃げるなんてとんでもないですわ!ご主人様!放してくださいまし!…………分かりましたわ…………今回は諦めます…………お姉様、契約者さん!またお会いしましょう!!」
黒い靄を操る者に何を言われたのかは分からないが、少女の姿は一瞬揺らめき、やがて、陽炎の如く闇に溶けるように消えていった。
「何だったんだ…………」
「…………我を知っているようだったが…………あの者は何者だ?」
「さあ…………何やったんやろねぇ」
全員、気が抜けた表情で空を眺める。突如現れ、猛威を振るった謎の蒼き少女はあっけなくその姿を消した。
鏡華の身体が紫の淡い光に包まれ、それが収まると元の姿に戻った。
浄玻璃鏡も人型に戻ってふよふよと浮いている。
「何はともあれ、これで終わりやね」
「ん…………ああ」
「ちょっと双魔、しっかりし!」
身体の力が抜けて立ったまま鏡華にもたれかかる。
(……………………)
ふわりと甘い香りが優しく鼻腔をくすぐった。そのまま、双魔の意識は途絶えた。
「双魔!双魔って…………何や、寝てしもうたん?」
突然、双魔がもたれかかってきたので、心臓が破裂するかと思ったが、疲れて眠ってしまっただけのようだ。
「キョーカ……ソーマは大丈夫か?」
ティルフィングが心配そうに瞳を閉じた双魔の顔を覗き込んでいる。
「フフフフ、大丈夫…………ただお眠さんなだけみたいやから…………ね」
最後に予期せぬ襲撃が起こり、幾つかの謎をのこしたものの、京の夜を騒がせた大事件は今年最後の陽が昇る前に幕を閉じた。
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