第121話 汝に救いを、怨霊鬼ここに果てり
「……………………」
”
「よし!後は…………!」
双魔は必死にあの不思議な力が発現した時のことを思い出す。
致命傷を受けて意識がどこか知らない場所に飛ばされた。
咲き誇る数多の秋桜の花々。どこか懐かしい、妙な心地良さを感じさせた女性。女性から伝えられた…………!
「そうだ!誓文!誓文だ!思い出せ…………」
(むぅ…………ソーマ?さっきから何を言っているのだ?…………む?)
ティルフィングの言葉に双魔は全く反応しない。何かを一生懸命考えているようだった。
全神経を記憶を蘇らせることに集中している双魔本人は気づいていなかったが、変化は確実に起きていた。
身に纏うティルフィングの剣気が段々と高まり激しさを増す、同時に黒と銀の髪の内、黒髪の部分が銀に染まっていく。
(ソーマ、ソーマ!なにか変だぞ!)
「くそっ!…………どうして思い出せないんだ!?」
ティルフィングの呼びかけに双魔は尚、答えない。
そうしているうちに双魔を中心に紅の剣気がほとばしる。ピキピキと音をたてて地面に氷の花が咲いてゆく。
(…………ソーマ!!!)
自分の呼びかけに全く反応しない双魔に我慢の限界が訪れたのかティルフィングが叫んだ。
「っ!?どうした!?
ティルフィングの呼びかけがついに双魔を思考の海から釣り上げた。
同時に、双魔の身体が輝きを帯びる。
輝きは強くなり、一瞬、結界の内部が光で満ちた。
「…………何?っ!?きゃっ!」
山縣を沈黙させ、縛り上げた鏡華は突然起こった眩い光に思わず目を瞑った。
輝きの中で、双魔は変化を遂げる。白銀に染まった髪は長く、長く伸びる。身体はより華奢になり、嫋やかな線を描く。
身を包む漆黒のローブは金糸の織り込まれた優雅な白衣に変わる。
双魔だけでなく握っていたティルフィングの剣身も黒から輝ける白銀に変化し、放出された膨大な剣気が紅の氷原を作り出す。
やがて、輝きは双魔の身体に収束し、砕け散る。
此処に望まぬ甦りを果たした憐れな者を救わんとする白銀の乙女が降臨した。
「…………!」
気づかぬうちに力を解放した双魔は自分の身体をよく確かめた。
手は細くしなやかに、衣服は白の衣に、長く伸びた髪が首筋や耳の裏をさらさらと撫でる。
以前、初めてこの姿になった時は余裕がなく気づかなかったが胸には普段感じない重みがある。それと、ここが致命的な違和感を生んでいるのだが下半身にあるはずのものがない。
この場で気にすることではないかもしれないが、落ち着かない。
「…………」
白銀に染まったティルフィングの剣身を見つめると、そこには女性の顔が映っている。
「……………………げ!」
よくよく見ると雰囲気が母にそっくりだ、思い出してみれば花畑であった女性も何となく母であるシグリに似ていた気がする。
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
阿弖流為は沈黙したままだがいつ記憶の世界から戻ってくるか分からないのだ。
「……ん?」
双魔は紅氷の上を阿弖流為目掛けて一歩踏み出そうとした時、ふと視線を感じてそちらの方を見ると閻魔の力を解放して赤の漢服を身に纏った鏡華が双魔の姿を見てポカンと口を開けていた。
(まあ…………そうなるな、当然)
されど、こちらも後回しだ。双魔は改めて阿弖流為に向かって歩いていく。
そして、青い花々が作った小さな園に踏み入った瞬間、突如、阿弖流為の身体から瘴気が噴き出た。
ライラックの花が瘴気に当てられて一斉に枯れ落ちる。
「グ…………ググ…………グガァアァァアアアアアァアアアアアァアァアア!」
追憶の世界から帰還した阿弖流為が凄まじい咆哮を上げた。
空気がビリビリと揺れる。仮面の奥の憎悪と狂気に光る眼が双魔を捉えた。
それを、双魔は蒼き瞳で静かに見つめ返す。
「その憎悪は正当なものだ。貴方は怨みを持つ権利がある。それでも、きっとこれは……貴方が望んだことじゃない」
「ガアァァアアアア!死ネェェェェェエーーーー!!!」
語りかける双魔の言葉に耳を貸すことなく、山縣によって暴走させられた怨念によって狂気に飲み込まれた憐れな阿弖流為は手にした紛い物の遺物を振り上げた。
「これは貴方との約束でもある。安らかに眠ってくれ…………”
瘴気に染められた禍々しき長剣が振り下ろされる前に、双魔は少しだけ浮かび上がり阿弖流為の胸に光輝くティルフィングの白銀の刃をを突き刺した。
「ガ……………………」
刺した感触はほとんどない。まるで、宙を切っているようだった。
しかし、それで阿弖流為の動きは完全に止まった。
眼の光が消え、振り上げていた剣が手から抜け落ちる。剣はそのまま地面に落ちる前に砕け散った。破片も塵のように消えていく。
見上げるほどの巨体からは力が抜け、だらりと垂れる。
ティルフィングの剣気を取り込んだ左腕は霧散し、赤黒く染まった肌は所々土塊に返りはじめている。
「……………………」
双魔は無言でその様を見届ける。
仮面に隠れた頭も土塊となり崩れていく。その時、仮面にひびが入り、割れた。
仮面の奥に隠れていた阿弖流為の素顔が露になる。つい先ほどまで狂気に飲み込まれていたとは思えない精悍で、理性的な顔立ちだ。
双魔が顔を見上げると、失われていた瞳の光が再び灯った。今度は暴虐の赤き眼ではなく、穏やかな眼差しだ。
「其方は…………川原で会った
眼差しと同じく穏やかで優しい声だ。
「……………………ああ」
「そうか…………なんと異邦の女神だったとは恐れ入る」
声に楽しさが混じる。蝦夷の英雄、阿弖流為とは本来このような人物であったのだろう。
二人の視線がはっきりと交錯する。
「迷惑を掛けた…………我が手に掛けた者たちは如何ほどだったか…………彼らは我が身を貶めた者どもの後裔であった…………我が怨みの念が爆ぜた…………罪なき者を…………死者が生者を殺めてしまうとは…………」
「俺は…………そのことについては何も言えない」
失われた命は蘇らない。双魔は軽率に慰めを言うべきではないと理解している。
「……其方は…………良き者だな…………偽りを述べず、思慮がある…………我は悔い恥じたまま消えるのがいい。消えるべきだ」
腕と足が完全に崩れる。阿弖流為の大きな顔が双魔の目線と同じ高さまで落ちてくる。
「…………
「……ああ、俺にできることなら」
双魔は柔らかな、鈴の音のような声で答えた。死者は悼むべき、尊重すべきもの。その考えが双魔を動かしている。
「それでは…………大将軍……我が朋友…………田村麻呂の後裔…………あの娘に…………済まなかった…………と…………」
「…………」
阿弖流為の願い、それはかつての友への懺悔に等しかった。
無言で頷く。それを見た阿弖流為は安心したような、申し訳なさそうな表情を浮かべ、そのまま土塊に返った。
彫りの深い顔がボロボロと崩れ、それを待っていたかの如く、残っていた部分が全て崩れ去った。
残ったのは土の山、その頂上には双魔よりも一回り、二回りは大きいであろうしゃれこうべ。
操られし、
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