第100話 夢、夏の昼下がり

 日が傾きはじめた頃、襖が静かに開いて祖父が入ってきた。


 後ろには見知らぬ大人が二人立っているのが見えた。


 片方は銀色の髪と青い眼が綺麗な若い女の人。余り会ったことはないが外国の人のようだ。


 もう片方は祖父と同じくらい背の高い男の人。歳は女の人と同じくらいだろうか?鋭い目つきが少し怖かった。


 『この子がお孫さんですか?』

 『うむ、可愛いじゃろ』


 銀色の髪の女の人が鏡華の傍まで寄ってきてしゃがみ込んだ。


 寝ている男の子を見て一瞬心配そうな表情を浮かべたが、穏やかな寝息を聞いて安心したのか、今度は鏡華の方を向いた。


 青色の瞳が鏡華の目を見つめる。


 『初めまして、貴女が鏡華ちゃん?』

 『は、はい……はじめまして、りくどうきょうかといいます』


 鏡華はおどおどしてしまったがしっかり答えることができた。男の子の手を握ったままだからだろうか。不思議なことにいつもより心が強くなっている気がする。


 『しっかり挨拶ができるなんて偉いわ!私はシグリ、伏見シグリよ。その子のお母さん。そこで貴女のお祖父さまと一緒に立っているのが、伏見天全。私の旦那様でその子のお父さん。よろしくね!鏡華ちゃん』


 シグリ。そう名乗った女の人は柔らかく、優しい笑みを浮かべた。天全と呼ばれた男の人もさっきの怖そうな雰囲気からは意外なほど優しい笑みを浮かべて、少し頭を下げて見せた。


 『この子、うちのお花をなおしてくれたの…………』

 『あら、そうなの?フフフフフ……お父さんに似て女殺しなのかしら?』


 シグリは鏡華の口振りに何かを感じ取ったのか楽しそうな声を出す。一方、天全は何やら難しそうな顔をして頭を掻いていた。


 二人の様子を見て祖父は笑いを堪えている。


 『この子、おなまえは?』

 『あら、双ちゃんったら名前も言わなかったの?この子の名前は双魔よ、伏見双魔。鏡華ちゃん、仲良くしてあげてね』

 『そうま…………うん、わかった!うち、そうまとなかよしになりたい!』


 鏡華の言葉を聞いてシグリがまた優しい笑みを浮かべた。


 そのシグリの顔が段々とぼやけて、夢は次の場面へと移った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 次の場面、場所は変わらず屋敷だったが、季節は秋から夏に代わっていた。


 鏡華の年齢も魔導学園初等部の高学年まで上がっている。


 庭の何処かにいる蝉の声がジージーとけたたましく耳に響く。


 時折吹く風に揺れて吊るした風鈴から涼しげな音が鳴るのが救いだ。


 『姉さん、今日は何処かに行くのか?』


 浴衣姿で縁側に腰掛ける鏡華の隣には、同じように歳を重ねた双魔が座って本を読んでいた。


 こちらに見向きもせずに声を掛けてくる様子は実にふてぶてしいが、近頃、会いに来るときはいつもこんな感じだった。


 鏡華の方が一つ年上のこともあってか少年、双魔は鏡華のことをいつの間にか「姉さん」と呼ぶようになっていた。


 出会ったばかりの頃にニコニコと笑みを浮かべて、熱のせいで赤くなった顔で「きょうかちゃん」と呼んでくれていた日々が懐かしい。


 そして、こちらもいつもと変わらず、顔色は青白く優れない。暑さに堪えてか、それとも具合があまりよくないのか。顔にはじっとりと汗を浮かべている。


 数年前にとある魔術師に弟子入りしたらしく、それがきっかけで会う機会は幼かったころと比べて格段に少なくなってしまった。


 それと引き換えに双魔は高熱に苦しめられることは滅多に無くなったと本人から聞いた。


 それと「面倒」が口癖になったようだ。事あるごとにぶつぶつと呟いている。


 一度、鏡華に会いに来るのも面倒と口にしたのを聞いてしまい、モヤモヤとしたこともあった。


 それでも、何だかんだ会いに来てくれる。必ず、ドライフルーツや綺麗なガラス細工などのお土産を持ってくるし、屋敷にいる時は鏡華に付き合ってくれる。


 優しいところは昔から変わっていない。


 それに、四六時中一緒にいるわけではないので鏡華にはよく分からないが、シグリの話によると自分に会いに来る時と、一緒にいるときは双魔の機嫌がいいらしい。


 鏡華ぐらいの年頃になると女という生物は大概、異性が気になりはじめるものだ。


 学園でも同級生の話題は恋愛に関することばかりだ。


 その気に当てられたのか最近の鏡華は気づくと一人の幼馴染のことばかり考えている。


 今も気持ちが何だかふわふわと地面に足がついていないように落ち着かなかった。


 そんな内心を見透かされないように鏡華は双魔の問いに答えた。


 『おじじ様のお茶菓子が切れたから買いに行こ思てるけど……』

 『ん、そうか……』


 双魔はそれだけ言うと再び黙り込んで本のページをパラパラとめくっていく。


 こちらを見ることもない。


 (……何やの……もう……)


 素っ気ない態度に少し苛立つ。さっきまでは聞き流していた蝉の声が妙に腹立たしく感じた。


 それでも、何となくこの場は離れがたい。手持ち無沙汰になって空を見上げる。


 青空の向こうには大きな大きな入道雲が浮かんでいた。


 そうして数分経っただろうか。不意に、双魔がパタリと読んでいた本を閉じて立ち上がった。


 突然動いたことに驚き、鏡華は双魔の顔を見上げると目が合った。


 双魔は不思議そうな表情を浮かべている。


 『何?どしたん?』

 『姉さんこそどうしたんだよ……菓子買いに行くんだろ?夕方は天気が荒れそうだから。さっさと行こう』


 今度は鏡華がポカンと気の抜けた顔をしてしまう。そして、すぐに笑いが込み上げてきた。



 『…………ふふ……ふふふふふ!』


 双魔は突然笑い出した鏡華に怪訝な表情を浮かべた。


 『どうしたんだよ……突然笑い出して』

 『ううん、何でもないよ……せやね!行こか!』


 膝をパンッパンッとはたいて立ち上がる。


 鏡華が上機嫌になったのを察っするように数度、柔らかな風が吹きチリーン、チリーンと風鈴が愛嬌のある音色を奏でた。


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