第一章「帰郷」

第61話 突入、冬期休暇

 「…………うっぷ!」


 冷気立ち込める朝、伏見双魔は真っ青な顔で口に手を当て、吐き気を何とか抑えながら駅のホームに降り立った。


 紺のチェスターコートを纏ったその身は前屈みになり、トレードマークの黒と銀の混じった髪も心なしかしおれて見える。


 「……ソーマ、大丈夫か?」


 後から続いて夜闇を織ったかのような長髪が特徴の少女ティルフィングが降り立つ。今日はいつもの黒のワンピースの上にファー付きの白のケープコートを着込んでいる。


 浮世離れした可憐な少女の登場にその場に居合わせた人々の視線が集まる。


が、本人はそんなことに気を留めることもなく、心配そうに双魔を見上げている。


 「……ああ、だいじょう……ぶ……心配……うぷっ!」

 「ソーマ!」

 「ティルフィングさん、ひとまずそこのベンチに坊ちゃまを座らせてあげてください」


 最後に大きなキャリーバッグを引いた左文が降りる。


 薄紅梅の小袖の上に白のウールコートを羽織った季節を感じさせる装いの美人の登場に、今度は特に男性の視線が集まった。


 しかし、左文もまたそんなことを気にせずにティルフィングと共に息も絶え絶えの双魔を支えてベンチへと誘導する。


 双魔は倒れ込むようにベンチに腰掛けた。


 その頭上に掲げられた駅名標には「京都」の二文字。そして、電光掲示板に示された日付は十二月二十八日。そう、双魔はティルフィングと左文を連れ立って里帰りしていたのだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 なぜ里帰りすることになったのか。その理由は数日前に遡る。


 ブリタニア王立魔導学園遺物科で新制度の下行われた評議会役員選挙の結果、不本意ながら副議長の席に座ることになった双魔だったが、いきなり仕事をするということもなく、顔合わせをした二日後には学園は年内の授業期間を終えて冬季休暇期間に入っていた。


 要は冬休みに突入したのである。


 実家の領地がロンドンに近いアッシュはさておき他の生徒たちは故郷に帰っていくため学園は閑散としていた。


 双魔はと言うと魔術科での仕事の処理が諸々あったので冬休みが始まってからも数日は学園に足を運んでいた。


 「……まあ、今日が普通に授業あったら大変だったろうな」


 クリスマス当日もそんなことを呟きながら一人で学園に向かった。


 ティルフィングは左文と一緒にクリスマスケーキを作るらしい。アッシュやイサベルたちは実家に帰省中だ。


 『ケ、ケーキも作りたいが我はソーマを守らなくては……わ、我はどうしたらよいのだ?』


 そんなことを言って頭を抱えるティルフィングを見かねた双魔はティルフィングの頭を撫でて落ち着かせる。


 『何かあったら聖呪印を呼び出すから気にするな』


 と言い残してアパートに置いてきたのだ。


 学園に到着して、魔術科から与えられている個人の講師室で作業をしているとハシーシュが安綱を伴って訪ねてきた。


 相変わらず顔色が優れないが、今日は機嫌も優れないらしい。黙ったままドカッと音をたてて来客用のソファに座った。


 安綱は視線で「申し訳ありません」と謝っている。双魔はそれに苦笑いで返すとケトルでお湯を沸かして緑茶を淹れてハシーシュと安綱の前に出した。


 ハシーシュは冷めるのも待たずに緑茶を一気飲みする。湯呑をテーブルに置くとポケットから紙巻たばこを出して噛み始めた。


 「クリスマスなんてクソ喰らえだ!畜生!」


 開口一番にそんなことを言い放った。


 (さては実家に何か言われたな……)


 安綱に視線を送る。安綱は「お察しの通りです」といった表情を浮かべて頷いて見せた。


 「おい!双魔!聞いてんのか!」

 「ん、聞いてる聞いてる…………」


 その後、思い出すのも憚られる。呪詛をまき散らすハシーシュを適当にあしらいながらなんとか年内に終わらせなければならない仕事を片付けて帰途についた。


 『酒だ!酒!私は酒に頼るしかないんだ!畜生!酒しか私に優しくしてくれないんだ!!』


 ハシーシュは息を巻いて部屋を出ていった。少し心配になったが安綱がついているし、店もセオドアのパブだろうから大丈夫。と、安心しておくことにした。


 アパートに帰ると笑顔のティルフィングが出迎えてくれた。


 「ソーマ!おかえりだ!早くこっちにきてくれ!」


 ハシーシュとは違った方向でテンションが高いティルフィングに引っ張られ、手を洗う間もなくリビングに連れていかれる。


 「見よ!これが我と左文のケーキだ!」


 食卓の上には巨大なチョコレートケーキがあった。所々クリームの形が奇妙だったり、苺が頭から突き刺さっているのはティルフィングが飾り付けたのだろう。


 「ん、凄いな」


 手袋を外してティルフィングの頭をわしゃわしゃと撫でてやる。


 「ふふん!そうだろう!そうだろう!」


 得意気にしているティルフィングの後ろから左文が出てきた。


 「坊ちゃま、お帰りなさいませ。それでは夕餉にいたしましょう。ティルフィングさん、ケーキはその後ですよ?」


 「うむ!」


 そんなやり取りをしつつ夕食を済ませ、ケーキを食べた後、ゆっくりと風呂に浸かり身体を温めた。


 そして、部屋で少し本を読んでから床に着いた。


 (明日は学園に行かなくてもいいから寝坊してもいいな……)


 そんなことを考えながら意識は眠りの森へと迷い込んでいった。

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