第53話 戦場の記憶
気づくと、知らない場所に立っていた。否、浮いていた。
空は鮮血の如く緋に染まり、眼下には凄惨な戦場が広がっている。
怪物、魔獣たちの群れと武装した勇士たちがぶつかり合っては散っていく。
戦況は異形の者たちが明らかに優勢。劣勢に陥った勇士たちの陣地では十人ほどが輪を作っていた。
輪の中心には銀髪の女が横たわっている。纏った白の衣は腹から流れる血で真紅に染め上がっている。
その女の傍で、女と同じ白銀の髪の少女がしゃがみ込んで泣きじゃくっている。
金色の瞳から大粒の涙が止めどなく落ちる。声は聞こえない。それでも、悲しみが胸に響いてくる。
(ああ、これは……この記憶は……)
女は弱々しく、震える手を上げると少女の頬を撫でる。そして、一瞬微笑むと穏やかな表情のままその生を終えた。
女を囲っていた者たちは誰もが悲痛な表情を浮かべている。
(あの……少女は)
少女が泣き叫ぶ。そして、異形の者の大群目掛けて吶喊していった。
怪物たちは少女に触れられただけで血飛沫を上げて息絶えていく。少女の白銀の髪は血に塗れ黒く染まっていく。
血を映し続けた金の眼は紅に染まっていく。
「うわああああああああああああああああああーーーーーーー!」
少女の絶叫が戦場に、そして双魔の耳に響き渡った。
そこで景色が一転する。
立っていたのは秋桜が一面に咲き誇る平原だった。空は青く、遠くを眺めると黄金と白銀の大きな館が見える。
辺りを見回しても誰もいない。
「うふふ、ごきげんよう」
背後から朗らかな声が聞こえてくる。ゆっくりと振り返る。そこには銀髪の女性がにこやかな表情で立っていた。
蒼い、知性的な瞳で双魔を見つめている。
一陣の風が吹く。秋桜の花弁が宙を舞う。女性の纏った金糸の編み込まれた白い衣が美しい髪と共に儚気に揺れている。
「あんたは……もしかして」
「ええ、そうよ……私は貴方、貴方は私」
穏やかな声で双魔の問いに答える。
「貴方がここに来たのは…………私が交わした大切な約束を果たしてもらうためよ…………押し付けてしまうようで申し訳ないけれど」
形のいい眉を困ったように曲げて見せる。
「ん、そうか……面倒な気もするけど……まあ、任せてくれ」
「あの子のことを、ティルフィングのことをよろしくね。泣き虫で寂しがり屋さんだから」
「ん、分かった。ティルフィングは……二度と悲しませたりしない」
双魔の言葉に女性は安心したように微笑む。
「じゃあ、そろそろあの子のところへ戻ってあげて。私が今から唱える誓文をここから出た後に唱えるのよ」
双魔は力強く頷いて見せた。
誓文を聞き終わると強いからが吹き秋桜の花びらが宙へと舞い上がる。視界は色鮮やかに染められ、やがて光に包まれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
結界の外から中の様子を覗いていたヴォーダンは満足げに頷くと髭を撫でた。
「うむ……ついに……覚醒したか」
同時刻、世界の各地で強者たちが同じ気配を感じ取った。彼らは口を揃えて呟いた。
「遙かなる時を超え、失われし神が現世に蘇った」と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます