第26話 紅の剣と強襲者

 双魔はティルフィングに振られていた方の肩を回して調子を確かめてからティルフィングと向き合った。


 双魔を見上げるティルフィングの紅玉の瞳は期待でキラキラと輝いている。双魔はこめかみをグリグリしながら溜息を一つつく。そして、ティルフィングの眼を見つめた。


 「ん……じゃあ、始めるか」


 そう言った瞬間。双魔は背後に大きな魔力と殺気を感じた。


 「双魔危ない!!」


 アッシュもそれに気づいたのか双魔に警告の声を上げた。それを聞き終わる前に双魔の背中目掛けて何かが突っ込んでくる。


 謎の襲撃が双魔に届く前にティルフィングが盾として間に入り込み双魔は振り向き様に素早く取り出した拳銃を突っ込んできた何者かに向ける。


 「チッ!もっととろい奴だと思ったがなかなかやるじゃねえか!」


 突っ込んできたのは黒髪を刈り上げた大柄な男だ。かなり着崩してはいるが遺物科の制服を着ているので遺物科の生徒だろう。


 黒い瞳をギラギラと光らせ、手にはくすんだ緑色の長剣を握っている。


 両手両足を双魔が出した蔦で絡めとられ動きが止まってはいるが剣の切っ先は男と双魔の間に入ったティルフィングの額に触れるまであと数ミリと言ったところだ。


 双魔は蔦を緩めることなくティルフィングを抱いて後ろに飛び退いて男と距離を取った。


 「貴様!ソーマに何をする!」


 男子生徒へと今にも突っ込んでいきそうなティルフィングの頭を撫でて宥めながら双魔は深く息を吐いた。


 「いきなり危ないな……何者だ?」

 「あ?俺を知らねえのか……生意気な野郎じゃねえか!あん?」


 ギラついた視線を双魔に浴びせながらブチブチと手足に絡みついた蔦を引きちぎって地面に投げ捨てる。


 ゴキゴキと首を鳴らしてドスの利いた声でそう言い返してきた。どうやら自分から名乗る気はないようだ。


 (……その蔦は下手なワイヤーより強度があるんだぞ?どんな膂力してるんだよ)


 ツーっと背に一筋の汗が伝う。


 「君は……」


 事態を沈黙しながら見守っていたアッシュが声を出す。


 「おうおう!流石に評議会の書記サマは俺のことを知っているようだな」

 「……サリヴェン=ベーオウルフ!今の行為は校則に触れる行為だ!何のつもりか知らないけれど評議会の一員として見過ごせない!」


 そう言い放つとアッシュは身構える。サリヴェンと呼ばれた男と一戦交えるつもりらしい。双魔はティルフィングの頭を撫でていた方の手でアッシュを制した。それを見てアッシュも構えを少し解いた。


 「アッシュ、奴さんどうやら俺に自己紹介はしてくれないみたいだ。というわけでお前が俺に彼のことを教えてくれ」


 普段通りを装ってアッシュに頼んだ。アッシュはサリヴェンを睨んだまま双魔の問いに答える。


 「彼は遺物科の二年、僕らの隣のクラス所属で名前はサリヴェン=ベーオウルフ。デンマークの英雄王ベーオウルフの末裔で契約遺物は魔剣”フルンティング”。今の序列は十六位……かなり強いって噂だよ」

 「そうか……で?そんな遺物科のトップランカーが俺に何の用だ?」


 ジリジリと後ろに進みさらに距離を取りながら双魔が問い掛ける。


 「テメェらが闘技場に入っていくのが遠目に見えた。近づいてみりゃあ片方のヒョロヒョロした方は最近遺物と契約したっていう噂の半端野郎じゃねえか。丁度俺とブロックも同じだからな挨拶代わりにブッ潰してやろうと思ったのよ!」


 大声に静まり返った闘技場の中の空気が少し震える。そんな空気の中、サリヴェンが手にした長剣、フルンティングが光を放ち人間態へと姿を変えた。


 「サ、サリヴェン……喧嘩は良くないよ……やめようよ」


 緑色の髪と瞳が特徴的な小柄な少年だ。ボソボソと小声でサリヴェンの制服の裾を引っ張り自身の契約者を止めようとしているようだ。


 「うるせぇ!テメェは黙ってろ!」


 サリヴェンはフルンティングに怒鳴りつける。怒鳴られたフルンティングはビクッと身体を縮ませて委縮してしまった。


 「…………」


 その様子を見た双魔の目つきが鋭くなった。サリヴェンのフルンティングに対する態度に思うところがあった故に。


 双魔はティルフィングとの契約の直前にヴォーダンにこう問われていた。


 『君は……遺物と遺物契約者はどのような関係であるべきかと思うかね?』


 その問いに双魔はこめかみをグリグリしながら数瞬迷ってから照れ臭そうにはにかみながら答えた。


 『そうですね……まあ、はっきりとは言えませんけど……親友みたいに、いや、家族みたいに仲良く、たまに喧嘩するような人間臭い関係がいいんじゃないいんですか?親父や他の遺物使いの方々を見ていて自分は……そう思います』


 双魔の答えにヴォーダンは満足げに頷いてティーカップを口に当てた。


 伏見双魔という少年は基本的には怠惰である。しかし、それが根本ではない。「面倒だ」が口癖で終始フラフラして皮肉を口にするが確固たる責任感と他者に対する優しさを備えている。自分の目の前で虐げられている者がいれば何だかんだ手を差し伸べずにはいられない。


 今、双魔の眼には自分の理想に反するものがある。無意識の内に拳を強く握り込んだ。


 「……おい」

 「あん?」


 怒鳴りつけた後にフルンティングの頭を押さえつけていたサリヴェンが双魔の声に反応してこちらに視線を戻した。


 「……お前、自分の契約遺物を何だと思っているんだ?その手を離してやれ」


 サリヴェンをの眼を見て静かに、しかし強い意志の籠った言葉を投げ掛けた。


 「双魔……」


 長い付き合いのあるアッシュには分かった。「双魔は怒っている」と。大概のことは「怒るのも面倒だ」と言って流してしまう双魔が怒りを滲み出させている。


 サリヴェンは自分の手元で痛みを露にし苦悶の表情を浮かべているフルンティングと双魔に宥められて興奮を抑えているティルフィングを見比べる。そして、ニヤリと凶暴な笑みを浮かべた。


 「コイツは、ただの道具・・だ!そして俺は道具の持ち主だ。持ち主は道具より偉い!当然のことだよなぁ……テメェや後ろの書記サマみてえに遺物使いと遺物は対等なんて小便臭ェ雑魚の考えなんて俺にはこれっぽッちもない!フルンティング!さっさと剣に戻りやがれ!汝が名は”フルンティング”!契約に従い真なる姿を我に示せ!」


 サリヴェンの詠唱と共にフルンティングは再び緑色の光を放ち長剣へと姿を変えていく。


 その直前、フルンティングの眼から涙が零れ落ち乾いた闘技場の地面を濡らした。双魔とティルフィングはそれを見逃さなかった。


 「グダグダ話しちまったが、今日テメェをブッ潰すことに変わりはねぇ!とっとと構えやがれ半端野郎!」


 フルンティングを両手に握り大音声を上げる。先程よりも空気が大きく震えた。


 双魔は一度目を瞑った。一秒にも満たないその時間で自身のコンディションを整える。


 「分かった。面倒だが受けて立つ。ティルフィング、まあ、何だ……初めてだけど、俺を信じてくれ」


 もう一度頭を優しく撫でて穏やかに言った。それを聞くとティルフィングは顔を上げて双魔を見る。そして「フンスッ!」と鼻息を立てて「うむ!我に任せろ!」自信たっぷりに答えた。


 「ん、じゃあ、行くぞ……汝が名は”ティルフィング”盟約に従い真なる姿を我に示せ!」


 双魔が静かに詠唱するとティルフィングの隠れている右眼が一瞬黄金に煌めいた。


 (……ルーン文字?)


 一瞬だったが双魔はティルフィングの右眼にルーン文字のような物が刻まれているのが確かに見えた。しかし煌めきは一瞬ですぐにティルフィングの全身が眩く紅い光を放った。紅光は一瞬で闘技場を満たした。そして双魔の前に収束していく。


 やがて輝きは露の如くはじけ一振りの長剣が姿を現した。剣身は夜闇を司るかのような艶を帯びた純黒。刃には紅の波紋が煌めく。柄は黄金、柄頭にはティルフィングの瞳を思わせる紅玉が嵌め込まれている。


 双魔の胸の高まりを感じた。この感覚は少し前、初めてティルフィングに出会った時と全く同じものだった。目の前に浮かぶ自らの剣の柄を壊れ物を扱うように優しく手に取り、そして握りしめる。


 すぐに手に馴染む。自分が握っているのにティルフィングに手を握られているかのような感覚だ。


 『ふふん!どうだ!カッコいいだろう!』


 頭に直接ティルフィングの声が聞こえてくる。


 「ん……最高だ!」


 双魔はティルフィングを中段に構える。


 『うむ!では、奴を叩きのめすぞ!』


 ティルフィングから放たれる紅い剣気が双魔の身体を包み込む。


 「……ベーオウルフと言ったな、来い!」

 「いい度胸だ!すぐに潰してやる!」


 双魔の挑発にサリヴェンが突進を開始。弾丸の如き速さで双魔に肉薄し、フルンティングを真上から振り下ろす。双魔はそれを正面から受け止める。


 ギィン!二振りの魔剣は甲高い音と火花を立てて激しくぶつかり合う。


 「思ったよりはやるじゃねえか!オラァ!」

 「ッぐ!」


 犬歯を剥き出しにしたサリヴェンがフルンティングを押し込んで、思いきり振りきった。双魔は衝撃を受け止めきれず後方に吹き飛ばされたが何とか着地した。柄を握る手がフルフルと震えている。


 「……なんつー馬鹿力だ」


 遺物が契約者に与える力の中でほぼ全てにおいて共通するのは「身体能力の強化」だ。切り合わせた感覚から推察するとティルフィングの出力はフルンティングに間違いなく勝っているはずだ。故に双魔が力負けしたのは契約者自身の膂力ということになる。


 『ソーマ、大丈夫か?』

 「ん……なんとかな」


 ティルフィングをしっかりと握りしめて構えなおすとすぐに右に跳んだ。双魔がいた場所にはサリヴェンが突っ込んできてフルンティングを振り下ろしている。その衝撃で地面には大きなひびが入っていた。


 「動きは速えな!じゃあ、こんなのはどうだ!」


 サリヴェンが再び突っ込んでくる。今度は躱しきれないと判断した双魔は重心を落ち着けて何とか受け止めようとした。


 『ソーマ!右だ!』

 「ッぐあああああああああ!」


 次の瞬間双魔は舞台の壁に叩きつけられていた。


 「今度は手応えありだぁ!」


 (嘘だろ……あそこまで迫って横からだと!?)


 ドサっと双魔は地面にうつ伏せで倒れた。双魔の思った通り真正面から突っ込んできたサリヴェンの一撃を確かに受け止めたはず、だったのだが、サリヴェンは一メートルにも満たない近距離の状態からステップを変えて双魔に横撃を与えたのだ。


 何とかティルフィングで受け、致命傷は避けたが態勢を崩されたため余波で吹き飛ばされてしまった。凄まじい筋力と瞬発力の為せる業だ。


 「双魔!」


 固唾を飲んで見守っていたアッシュが声を上げた。やはり、いきなり対人戦は双魔には厳しかったんだ。双魔は魔術師としては確かな腕を持ってはいるが遺物科での実技成績は平均より少し低い程度だ。おまけに身体も常人よりも弱い。


 アッシュは止めに入ろうとアイギスを見た。しかし、アイギスはパートナーの意思に反してゆっくりと首を横に振った。


 「アイ!どうして!?」

 「アッシュ、アナタが双魔の心配をするのは分かるわ。でもね、あの子ティルフィングまだほとんど力を使ってないわ」


 確かに戦闘が始まってからティルフィングの剣気は一定でほとんど行使されていない。一方、フルンティングはサリヴェンが一撃を放つたびに剣気を放出させてブーストしている。


 「でも……」


 「大丈夫、双魔たちを信じましょう」


 (それにしても……あの子、本当に見たことがないわね)


 ヨロヨロと立ち上がる双魔が手にする黒の魔剣を見てアイギスは表情に出さないまでも怪訝に感じた。


 神代から長い時を過ごし、多くのものを見てきた。現存するとされる神話級遺物にも、封じられたものたちにも会ったことがある。それでもアイギスはティルフィングを知らなかった。


 (まあ、見守るのも長い時を過ごす者のお役目かしら)


 そんなことを考えながら目の前の一騎打ちを眺める。


 双魔が立ち上がるのを確認するとサリヴェンはすぐさま走り出した。態勢が整っていない内に止めを刺すつもりだろう。


 (駄目だったのかしら)


 アイギスの脳裡に悔恨の一言が浮かびかけた時だった。双魔のいた場所から紅の柱が天を衝かんばかりに上り立った。

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