第27話 ティルフィングの力

 (……身体がバラバラになったかと思った)


 壁に叩きつけられたダメージに何とか耐えながら双魔は立ち上がろうとする。頬には傷がつき血が流れて、顔全体も砂埃だらけだ。身体に力を入れようとすると骨が軋む。もしかしたらどこか折れているかもしれない。


 『ソーマ!我の力を使え!』


 「ゲホッ!使うって言ったってどうすりゃいいんだ?」


 咳き込むと口から血が出てきた。ティルフィングが必死に語り掛けてくるが、授業で教わるのは制御方法が中心で、遺物の力の引き出し方は具体的には授業で習ってはいない。


 ハシーシュは力の引き出し方について『人それぞれ、ただ、信じること』の一言にとどめていた。


 『我もよくはわからないが……そうだ!願え!』


 「願え?何を?」


 『何でもいい!奴に勝ちたいでも、強くなりたいでもなんでもいい!願え!』


 笑っている膝を何とか黙らせて双魔はよろけながらなんとか立ち上がった。すぐにサリヴェンがこちらに突っ込んで来ようとする気配を感じた。


 「分かった、願えばいいんだな」


 双魔は乱れた己の中の魔力を整えるために浅く息を吸って深く吐き出す。そして願った。


 「……力を、この面倒な時間を終わらせる力を、俺に貸してくれ……ティルフィング!」


 『うむ!……任せろ!』


 双魔の願いは形になってすぐに叶えられた。ティルフィングから先程までとは膨大な剣気が放出される。双魔を中心に紅の光の柱が立った。


 サリヴェンはそれを見てすぐに突っ込むのをやめて双魔と距離を取る。


 「なんだ……ありゃあ?」


 光の柱は一瞬で消えたがその場に立っていた双魔の雰囲気が先ほどとは全く違う。満身創痍な見た目は変わらないが、全身に紅の鋭い剣気を纏っている。


 「ははっ!これがティルフィングの力か」


 身体に力が漲る。自分の身体だとは思えないほどに軽い。普段は滅多に感じない歓喜の情が胸の奥から湧き上がってくる。遺物の力を行使する代償なのか双魔の魔力が大量にティルフィングへと流れ込んでいくがそんなことは些事だった。


 『ソーマ!今度はソーマが奴を吹っ飛ばしてやる番だ!』


 「ん、そうだ……なッ!」


 頭の中に響くティルフィングの明るい声に発破をかけられたかのように双魔はサリヴェンに向かって飛び出した。想定をはるかに上回ったそのスピードと勢いは為す術もなく吹き飛ばされた数分前とは明らかに違った。


 ガキーン!二振りの魔剣が再び甲高い音と火花を上げる。


 「……ッチ!」


 今度はどちらとも押し込まれることのない互角の鍔迫り合いとなった。小細工なしに押し込もうとするサリヴェンに双魔は真っ向から受けている。


 膠着すること数瞬、両者は全く同じタイミングで後ろに跳んだ。


 「やるじゃねえか!面白くなってきたなぁ!行くぞオラぁ!」


 向かってくるサリヴェンに双魔も応じる。今度は激しい剣戟となった。縦横無尽に切り込んでくるフルンティングの刃をいなしながら、ティルフィングの膨大な剣気で契約者自身の力の差を覆した双魔が徐々にサリヴェンを押していく。


 「……ッぐ!」


 初めてサリヴェンが苦悶の声を上げた。


 『その調子だぞ!』


 ティルフィングの言葉に答えるように今度は双魔が一撃一撃に剣気を載せてサリヴェンを追い詰めていく。


 「……双魔!」


 「ほら、大丈夫だったでしょう?」


 アッシュは安堵の息をついた。


 「うん!これで収まるところで収まってくれれば良いんだけど……ところでアイ、何だか寒くない?」


 「私はそういうのは感じないから分からないけれど……」


 「……さっきより確実に闘技場の中の気温が下がってるよ」


 アッシュは手に息を吐きかけて両手を擦り合わせた。


 戦っている二人は気づいていないが確かに闘技場内の気温は徐々に下がっている。いつから下がり始めたのか。


 「ねえ、アッシュ。アレ、何かしら?」


 「え?」


 アイギスは徐々にサリヴェンを圧倒し始めている双魔を指差す。アイギスの指す「アレ」とは何なのか。それは一目瞭然の変化だった。


 「紅い……氷?」


 キラキラと双魔の周りを紅玉の欠片の如く紅い氷の粒が舞っている。サリヴェンの方もよく見ると制服の袖が徐々に凍てついている。もちろん、これは本人も分かっている。


 「うらァ!」


 焦りが出てきたのか、サリヴェンは起死回生の一手を打つために渾身の力で双魔の一撃を弾く。突然の攻守の入れ替えに対応できず双魔は後ろに退かざるを得ない。


 「フー、フー……テメェ、調子に乗るなよ!テメェみたいな半端野郎にオレが負けるはずがねえ!」


 息を荒くして興奮するサリヴェンに不気味さを感じて双魔はその場で構えなおす。


 『ソーマ!気をつけろ』


 「……ん」


 ティルフィングも何かを感じ取ったのか警戒を促してくる。


 「テメェみてえな雑魚に使うのは癪だが……うるせぇ!テメェは黙ってろ!」


 サリヴェンの怒号が空気を震わせる。


 恐らく今のは暴走しつつあるサリヴェンをフルンティングが止めようとしたに違いない。この推測が間違っていなければ必ず何かが来る。


 「ぶっ潰してやる!”竜血毒グレンデル・ブラッド”!」


 サリヴェンがそう叫ぶと彼の黒い瞳が緑色に輝き爬虫類の眼に変化する。そして、フルンティングの剣身からは滲み出るように剣気が放出される。


 一滴、フルンティングからどす黒い雫が地面に落ちる。落ちた雫はシュウシュウと音を立てて地面を溶かしている。


 「あれは……グレンデルの血毒の解技デュナミスか!」


 ”竜血毒”、フルンティングによって屠られた怪魔グレンデルはその血に強力な毒を持っていたとされる。


 フルンティングに染み付いたその毒の力を解放したのだろう。サリヴェンはその身に強烈な瘴気を纏い凶暴な笑みを浮かべると、先ほどとは比べ物にならないスピードで走り出し、瞬時に双魔の間合いへと踏み込んだ。


 「ッく!」


 双魔は真上に跳んで何とか一撃を躱す。”竜血毒”発動後両手持ちから片手持ちに変わったにも関わらず、フルンティングによる一撃は地面を大きく抉り、さらにその毒によって溶かしている。剣気による身体能力強化がなければ双魔は確実に死んでいただろう。


 「……接近戦は不利だな」


 そう呟きながら着地すると間髪入れずにサリヴェンが突っ込んでくる。それを躱すとまた地面に穴が開く。それを幾度も繰り返すうちに今度は双魔の息が上がってきた。


 「はあ……はあ……ッく!」


 『ソーマ、大丈夫か?』


 「ん、そろそろ……厳しいな」


 元々双魔は体力に乏しい。ティルフィングの力によってカバーされていた地力の差がここでまた出てきたのだ。また一撃、サリヴェンの鋭い攻撃を躱した。


 ふと、そこでサリヴェンの動きが止まった。両足を地につけてフルンティングを両手持ちに戻すとフルンティングの剣気をチャージし始めた。攻撃を躱し続ける双魔への苛立ちに耐え切れなくなったのか大きな一撃を放つつもりのようだ。


 「向こうもそろそろ決める気みたいだな……はあ……願ったり叶ったりだ。ティルフィング、こっちもデカい一撃で決めたいんだが……いけるか?」


 『うむ!まかせろ。双魔の思うままに我を振るってくれればそれでいい』


 「ん、じゃあ、その言葉に甘えさせてもらう」


 双魔も態勢を整えるとティルフィングの剣身に己の魔力を纏わせる。それを芯にしてティルフィングの剣気を渦巻くように集中させる。一撃の準備に入ったのはサリヴェンの方が早かったが、二人はほぼ同時に攻撃態勢を整えた。


 サリヴェンの瞳は輝きを増し、双魔の顔はティルフィングの剣気で紅く染まって見える。


 「これでも喰らって死にやがれぇ!」


 「……ふっ!」


 二人の剣を振るタイミングはぴったりと重なった。頭上から振り下ろされたフルンティングからは緑の剣気とどす黒い毒の濁流が放たれる。


 一方、横から一文字に放ったティルフィングの剣閃は空気を凍てつかせ紅蓮を咲かせるが如く華やか、且つ苛烈に猛進する。


 両者の丁度中間地点で双方の剣気が激しくぶつかり合う。


 「オラァ!」


 サリヴェンがどっしりと構え、更なる力を籠めると毒緑の濁流は徐々に紅氷をパキパキと音を立てて侵していく。


 「ッぐ!」


 双魔も負けじと今度は縦に一閃して対抗するが、やはり疲れからなのかサリヴェンの勢いを止めるには至らない。一撃目は既に粉砕され二撃目もすでに押し負けそうだ。


 (これは……本当に不味い!)


 いくらティルフィングがフルンティングより格上の遺物だったとしても遺物を初めて扱う双魔に分はない。しかも、サリヴェンがここまでの遺物使いだとは思わなかった。なんとか解技が使えれば勝利の道も見えるがその兆候もない。


 (もう一度、態勢を立て直すか?)


 一瞬そんな考えが脳裡をよぎるが、回避が成功するとは限らない。成功したとしても長期戦は双魔にとって不利な要素でしかない。


 (……万事休すか)


 諦念が心に広がりかけた時だった。この場にいた誰一人、否、アイギスだけは気づいていた。ティルフィングの柄頭の紅玉が仄かに光を発した。


 「あれは……」


 「アイ?どうしたの?」


 手に汗を握って戦いを見ていたアッシュは僅かに眉を寄せたアイギスに気づいたのか視線は双魔に釘付けのまま聞いてきた。


 「いいえ、何でもないわ」


 笑顔で返されてアッシュは少しの沈黙の後「そっか」と短く反応した。


 一方、敗北を覚悟しかけていた双魔にも異変が起きた。突然、時の流れが遅滞しているかのような感覚に陥ったのだ。


 (な、なんだ……こんな時に!?)


 それとは逆に心臓の鼓動が速くなり、妙に大きく聞こえる。


 『        』


 思わず目を瞑ると瞼の裏に見知らぬ女性がフラッシュバックする。そして、穏やかな表情で何かを言っているように見えた。


 (……あんたは……誰だ?)


 双魔の問いに答えることなく女性の姿は闇に消えた。


 『……マ!……―マ!……ソーマ!』


 ティルフィングの呼びかけで意識が戻ってくる。鼓動の異常も収まった。そして、胸の奥から今まで感じたことのない力が溢れだした。


 『ソーマ!大丈夫か?』


 「ん……大丈夫だ」


 『おお、よかった!何度呼んでも返事をしなかったから我も焦ってしまった……まったく、心配させるでない』


 「ん、悪かったな……でも、まあ……」


 『まあ……なんだ?』


 「なんとかなりそうだぞ!」


 双魔はニヤリと口角を上げるとティルフィングを強く握りしめた。


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